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▼ 25 気にしているのは僕だけ?


クリスマスの朝。
昨日の疲れも取れぬまま、イワンはリツからの着信で目を覚ました。

『もしもし起きた?』
「……うん……おはよう」

ベッドの中から応対する。もそりと寝返りをうち窓を見ればまだ外は薄暗かった。
『ごめんね朝早くに。 ドレスとスーツ返しに早めに行かなきゃなんなくて。
一時間後までに用意できる?』
「うん、わかった」

通話を切って現在時刻を見れば6:55
ゆっくりとベッドから這い出てシャワーを浴びに行こうとタオルを探す。
昨夜疲れて整髪剤も落とさないまま寝てしまった。

イワンはあくびを噛み殺して、エドワードを起こさないようそっと部屋を出た。



早朝、まだ誰も使っていないシャワールームは冷えきっていて、服を脱げば冷やかな空気が素肌を撫でざわりと肌が粟立った。

ボイラーの運転音と共にお湯がめぐる音がする。
コックをひねれば勢いよくお湯が出てきた。

シャワールームに湯気が立ちこめ、空気が温まる。
頭からお湯を浴びてイワンは息を吐いた。

目を閉じれば昨日のことがありありと浮かぶ。

(リツと踊って……手に……キスされた! しかも2回も!!)

大勢の前で踊って、ヘリペリデスファイナンスの偉い人と話して。

昨日だけでイワンにとっては非日常的なことばかりで、本当はすべて夢だったのではないかとさえ思えてくる。

温水に打たれながらイワンは手の甲を見た。

(ここに、ここに、リツが……)

ざわざわと胸のあたりが落ち着かない。
シャワーに打たれて覚醒してきた意識のせいで走馬灯かと思えるほど昨夜の出来事が脳裏を駆け抜けた。

(ど、どんな顔して会えばいいんだろ……)

気恥ずかしい、緊張する、もしかしたら両想いかもしれない。でもただのうぬぼれかもしれなくて。

(ああああああああっ!!)

どうしたら良いかわからず、邪な想いを振り切ろうとイワンは一心不乱に整髪料で固まった髪を洗った。












「おはよー。 昨日はお疲れ……イワン?」
「お、おはよう……」

イワンが支度を終えて寮の玄関口に降りていけば、既にリツが待っていた。

いつも人の目を見ないイワンだが今日は特にひどい。
目どころか顔も見ないし、視線は上半身どころか足元を向いている。

「……?」

何があったのだろうかとリツは首をひねる。
昨日パーティが終わり着替えて解散するまでは普通だったと記憶している。

いつもより5割増しで猫背なイワンにリツはキャスターの取り付けられた化粧箱をひとつ押し付けた。
ブランドのカラーとマークの施されたスーツケースの中身は昨夜のパーティの衣装である。
今夜はゴールドステージでファッションショーがある。そのステージにリツの着たドレスが出るのだ。
早めに返しに来いとデザイナーのお達しなので朝も早からこうして二人は出かけることになった。

(イワンてば昨日解散してからなんかあったのかなぁ……)

考えても特に心当たりはない。
心当たりはなくとも原因はリツにあるのだが、
原因のキスはただ単に緊張を解すため意識を別な方向へと向けるためにしただけであり、リツはすっかり忘れていた。

リツは手にキスくらいハンナ相手にだってできるし、やろうと思えばエドワードにだってできる。
速攻で手の甲を拭かれそうではあるが。

「まずはナゴミ本社に返しに行くでしょー、それから実家に帰ってコートとか取りに行きたいんだけどさ、イワンはどうする?」
「……え?」
「買い物とか用事はある?」
「ううん、特にない」
「じゃあうち来る?」
「ええっ?」

リツの家。

「パパは年末忙しいからいないと思うし、ママは今ニホンの実家に行ってるからいないだろうし。
だーれもいないからさ、気にしなくていいよ」

キャリーバッグのように衣装ケースをゴロゴロと引きながらアカデミーを出る。

「ニホンから持ってきたのもあるしさ」
「!」

ニホン、の言葉にイワンが目を輝かせた。

「時代劇のDVDもあるし。ミトツダイラのご老公のやつ、暴れ若様犯科帳、あとはー、本所深川水茶屋娘と、忍ぶれば枯れ柳」
「みっ 見たいっ」
「ひひ。 見きれなかったら貸してあげるよ」

にひひ、と白い息を吐いてリツは笑った。

「ホントはファッションショーも見たいけど流石に寮の門限があるしね。 冬休みくらい門限なくしてくれてもいいのにねー」

(門限がなかったら。 門限がなかったら、リツは遅くまで一緒にいてくれるのかな)

イワンはリツの半歩後ろをついて行く。
(リツは僕のことどう思ってるんだろ)

しかしそれを訊けるわけでもなく、イワンはリツの背中を見つめる。

「あ、バス来たよイワン早く!」

早く、と振り向いたリツの表情はやっぱりいつも通りで。
悩んでいるのは自分だけなのだろうかとイワンはほんの少しだけ寂しさを感じた。



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