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▼ おいなりさんの誘惑

「あれ?」

馴染みの店に顔を出すと見覚えのあるスカジャンを着た人物がいた。

私の視線に気がついたようで、彼も「あ」という顔をしていた。

「こんにちは。前はありがと」
「あ、こちらこそカラアゲありがとうございました」

「リツちゃん!来たんなら声かけてよー」

店の奥から店主が出てきた。

「いらっしゃい! 折り紙だろう? 変わった千代紙も入ってきたんだけどどうする?」

店主の言葉になぜか彼がびくりとした。

「?」

店主のおじさんは手招きするとカウンターに千代紙を並べてくれた。

「うーん、ちょっと厚いですね」

「仕方ねえさ。薄いのは高ぇからな」

単色の折り紙と違い、模様の施された千代紙はとても綺麗だ。

「矢羽根柄とモミジの柄ください。あと紫のグラデーションで50枚ください」

千代紙で何を作るかはまだ決めていないけれど、綺麗なのでつい欲が出てしまった。

「まいど」

紫のスカジャンの彼を見ると、棚にディスプレイされた折り紙を見ていた。

「それね、私が折ったんだよ」

「! 凄いですね……これ全部、ですか」

「うん。動物園ぽく見えるといいんだけど」

ウサギ、クマ、ライオン、ペンギン、キリンにウマ。

ジオラマのようにそれらをケースに入れて飾らせてもらっている。


「あ、そうだ!」

ここに来た目的は買い物じゃない。

「おじさん! これおばさんに頼まれてたやつ!」

私はカバンからタッパーを取り出した。

「ん?ああ、ほんとに作ってくれたのか!」

「こっちがメインなのに忘れてた。おばさんにハッピーバースデーって、よろしくね」

蓋を開けなくてもあまじょっぱい、いい匂いが漏れてくる。

「そうだ、おにいさんもどう?」

自分のお弁当用にと自分用にも詰めてきていた。

「おいなりさんっていうんだけどね」

「リツのメシは食って損は無いぞ!うちの嫁さんもリツのいなり寿司が好きでな」

スシ、と聞いて彼の目が輝く。

それを見たおじさんは強引にカウンターの奥へと彼を引っ張りこんでしまった。






「美味しいです!」

彼は器用に箸を使い頬張った。

「お口にあって良かった」

私のお弁当を進呈したのでお昼ご飯は家で食べることにしよう。

「リツさん、ごちそうさまでした」

「おそまつさまでした。あの、今更なんだけど名前聞いても?」


イワン・カレリン

彼と別れて店を出た後も、その名前を忘れないように小さく繰り返した。



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