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「お待たせ、できたよー」
ソファに深く腰掛けていた彼は振り向くと頬を緩ませた。
「いい匂いだ。おいしそうだね」
ときりと胸が高鳴る。
嬉しい。笑顔で言われただけで気分が高揚する。頬は赤くなっていないだろうか。
ーーああ。私はやっぱりキースのことが。
だめだ。この気持ちを出してはダメだ。心の奥底に押しやって鍵をかけてしまわなければとリツは自分に言い聞かせる。
久しぶりに誰かと食べた手作りの夕食は美味しかった。
ハタチだからとキースの買ったお酒も美味しくて少し飲みすぎてしまったかもしれない。ジョンもご飯を食べ終えパタパタとしっぽを振りながらなでてくれとリツに鼻先を押し付けてくる。
フカフカの毛並みを思う存分なでたおし、軽くブラッシングをしてやる。
片付けはキースがかってでてくれたのでおまかせし、リツは存分にジョンと戯れた。
洗い物を終えたキースが手招きをする。
「リツ、おいで」
キースの手招きに応え、酒精ですこしふらつきながらそばまで行く。
「後ろ、むいて」
言われたとおりキースに背を向けるとヒヤリと首筋に冷たいものが触れた。
「キース?」
「鏡を見ておいで」
姿見に自分の姿を映せばピンクゴールドのネックレスが首元を飾っていた。トップにはキラキラと輝くストーンが揺れている。
「遅くなってしまってすまない
誕生日おめでとうリツ」
(私のために選んでくれたんだ……)
「仲直りしよう」
鏡越しにキースとリツの視線が絡む。
「すまなかった。あんな状態はやっぱりつらい」
寂しそうにキースが笑う。
「仲直り、してくれるかい」
「うん。私の方こそごめん」
ほっとした。
リツが一番望んだ結果だ。
キースの以前のような王子様然とした笑み。
これで、よかったのだとリツは笑みを返した。
*
「あ、これ懐かしー!」
リツはソファに腰かけ膝の上でアルバムを広げていた。
「リツがこちらに来たばかりの頃の写真だね。 よくジョンに倒されていたね」
写真の中のリツはマグカップを持ったままジョンに押し倒され、中身をかぶり呆然としていた。
次の一枚はリツから滴るミルクをぺろりと舐めとるジョンが写っている。
「犬飼ったこと無かったから。 距離感も力加減もわからなかったし……」
「ネクスト能力の練習中の写真もあるよ」
キースはまた一枚ページをめくった。
「あー……細かいコントロール身につけてって言われてやったヤツ。 今もちょっと苦手なのこれ」
ネクスト能力を暴走させてばかりいたリツのことをポセイドンラインのヒーロー事業部に相談し、専門家に相談した時のことだ。
影を操り丸などの簡単な形を作ることから始め、文字などもかたどるようにと訓練した。
「キースに拾われた頃はほぼ毎日暴走させちゃってたよね」
「ああ。 リツには本当に手を焼いたよ」
ふと、キースは壁にかけてあるファブリックボードを見た。
「あー……うん、その、ごめんなさい」
そのファブリックボードの下には、ネクスト能力を暴走させたリツが開けた小さな穴がある。
ペンの先のように尖った状態の影が実体を持った状態で突き刺さったのだ。
キースとジョンに当たらなくてよかったと今でも思う。
「今では立派にヒーローをやっているじゃないか」
ぽん、とリツの頭にキースの手が置かれた。
「……これからもよろしくお願いします。」
「もちろんだとも。 こちらこそ、だよリツ」
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