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▼ 23 恋って楽しいだけじゃない

「それで、色気もなく竹刀で打ち合った、と」
「剣道はよくわからないからひたすら感覚で、だけど」
「意味わかんねェ」

体育館で一時間程体を動かしてリツとは別れた。
その報告をエドワードにすれば、ペンをくるくると回しながらため息をついた。

「だって僕剣道できないし……あ、でも試験が終わったら教えてもらう約束したんだ」
「おー、良かったな」
(進展してんだかしてねェんだか……)

エドワードは教科書に視線を向けながらもイワンの言葉に耳を傾ける。

「でも……」

イワンはうつむいてぽつりとつぶやいた。

「体育館で、リツが告白されてた」
「ーーは?」
思わずエドワードは教科書から顔を上げた。

「……僕が体育館に行った時に他の人もいて……とっさに僕は隠れたんだけど……」
「……で?」
「リツは断ってた」
「良かったじゃねーか」
「……良くない」

良くない。あの場で聞いた言葉はイワンにも当てはまる。

「あ……なんでもない。 良かったの、かな……」
「良かっただろ、そりゃ」

けれどもエドワードは知らない。
リツが『ヒーローを目指している人は恋愛対象外』であると宣言したことを。

(僕は、友達)
『ねぇイワン、これからも友達でいてくれる?』

早朝のトレーニングでリツから言われたこと。
暗に恋愛対象外だと突きつけられたのだろうかと今更ながらモヤモヤと考えてしまう。

(って……そんな事考えても意味無いのに……)

自分がリツに恋愛感情を抱いたところで意味が無い。そう自分に言い聞かせる。

(誰かが僕を好きになってくれるはずないし)

友達で十分じゃないか。
友達がいるだけ幸せじゃないか。


「…………」

イワンはくしゃりとシャツの胸元をつかみ一つ深呼吸をした。












「……さいあく」
「あらおかえり」

ストレス発散しに行ったはずが、逆にストレスを抱えることになるとは思わなかった。
リツはどんよりとした空気をまとったまま部屋のドアを開けた。

その雰囲気を敏感に感じとったのかハンナが先手を打った。

「やだ……聞きたくないからね。やっと順番暗記したとこなのよ」
「うん、何も言わないから安心して。 私も勉強するよ……はは……」

まさか体育館にほかの男子生徒がついてきて更に告白までされるなんて思いもしなかった。
加えてイワンに目撃され内容もバッチリ聞かれたのである。

イワンの事を好きであると自覚してからまだそんなに日にちは経っていない。
この恋を実らせるつもりもないので特になにかするわけでもないが、
それでも告白現場を好きな人に見られてしまうというのはなかなか過酷な試練であり多大なストレスが発生した。

もやもやと胸につかえを感じながらリツはノートを開く。

「……」
(もし、私が誰かと付き合ったら……)

誰かほかの人間に意識が向けばイワンの事をあきらめられるのだろうか。

(いやいやいや無理無理無理)

第一に相手に失礼だし、
きっと胸のもやもやが悪化するだけであろう結果は想像に難くない。

我ながら馬鹿な考えだとリツはため息をついた。

(好きになるのがこんなに苦しくなるのは初めてかも)

今までは好きかも、と淡い恋を自覚してから自らに起こる変化はポジティブなものばかりだった。

仲良くなりすぎればその相手に対しイジメのように悪質な事が起こった為、平静を装いつつも視界に入れば気分は上向きになるしなにより理由もなく毎日が楽しく感じたのだ。

けれども今はどうだろう。

イワンに会えるのは嬉しい。
話せば楽しい。
一緒にトレーニングをして、どこかに遊びに行って。
食堂でイワンが1人の時は同じテーブルに押しかけたり。

楽しい、嬉しい、けれどその時々ふとした時に辛くなって、苦しくなって。

ネガティブでどろりと浅ましい感情が湧く時がある。

「うーん……」

どうしたら意図せず湧く感情をうまく制御できるだろうかと、リツはテストの教科とは全く関係の無い事で貴重な勉強時間を消費したのだった。


「ああもうリツうざい!」

「え、ひどい 」

がたん、とハンナが音を立てて立ち上がった。
「どうせカレリンくんのことでしょ!」
「まあ、そうだけど……」
「うだうだ悩んでないで試験終わったら告白すればいいでしょ!」
「いや、『俺、この試験終わったら告白するんだ……』って死亡フラグで」
「あんな事があったんだもの、消極的になるのもわかるけどねぇ、だったらリツがカレリン君のこと守ってあげればいいでしょ!」

それはそれでイワンのプライドはズタボロである。

「ハンナ、試験でナーバスなのは分かったからちょっと落ち着こう」

どうどう、とリツは両の手のひらをハンナに向けた。

「リツ、試験終わったら冬休みよ 」
「うん? 知ってるけど」
「クリスマスイブのパーティにカレリン君誘いなさいよ」
「……ああ、あれね」

あれね、とリツは遠い目をした。
「私は冬休み帰るから、見つからないように部屋使ってもいいし」
「は?」
「カレリン君のパートナーになってドレス姿で悩殺! そのまま告って手に入れちゃいなさいよ!」

「ナイナイナイ」

リツは愛想笑いを浮かべて手を振る。

もしも、もしもイワンに気持ちを伝え恋人同士になったのなら。
(ママと同じ思いはしたくないしなぁ)
けれどもヒーローを目指すイワンのことは全力で応援したい。

矛盾してしまう気持ちなら、冷静に考えて
今一時の欲ではなくイワンのこれからを応援したい気持ちを優先するべきだ。

「じゃあカレリン君がほかの女の子とダンスしててもいいわけ?」
「うーん、ハンナ、テスト勉強しようよ」
「じゃあリツから出てるマイナスオーラどうにかしなさいよっ」
「ハンナ、それは幻覚だし気のせいだから勉強しよう」

なんとかなだめ、リツも自分の机に向き直る。


ヒーローアカデミーのクリスマスイブ・ダンスパーティ


どうしたものかとリツはシャープペンシルの先で頭をかいた。

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