▼ 21これからも友達でいてくれる?
「……」
いない。
イワンは一睡も出来ずに朝を迎えた。
カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しくて、きちんと閉め直そうと窓辺に寄れば、自然と窓の外へと視線が向かう。
(今日はリツ走ってないんだ)
窓から見えたグラウンドに人影はなく、無意識に姿を探してしまい、そんな自分にため息が出た。
ズキズキと痛む左腕をそっとさすり、カーテンをピタリと閉じてまたベッドに戻った。
*
「……?」
いない。
休むと言ってベッドから出ないイワンを置いて教室に来たエドワードだったが、
いつも一緒にいるハンナは登校しているというのにリツの姿がない。
そのうち来るか、と楽観視していたが、とうとう一限目が始まってもリツは教室に来なかった。
*
「……あら?」
いない。
ヒーローを目指していないという割に、ルームメイトのリツはいつも早朝にトレーニングをしていて、ハンナが起きた時にベッドにいないことは当たり前だった。
しかし、どれだけ行動の時間がずれていても朝食を摂りに食堂に行けば「おはよ」とパンをかじりながら挨拶してくるリツが、今日はいなかった。
まあ、教室に行けば会えるよね、と思っていたが、やはりその予想は外れることになった。
*
昼過ぎに、校内放送がかかった。
イワンとエドワードを呼び出し、時間差でほかのクラスの六人の生徒も呼び出された。
エドワードはイワンを迎えに行き、参じた先では事情聴取が執り行われた。
そしてヒーローを志すものにあるまじき行為として一人の生徒の自主退学、ヒーローライセンス申請資格の喪失、五人の生徒の停学という形で表向きは決着がついた。
やけに仕事が早いな、とエドワードは訝しんでいた。
エドワードもイワンも教師には何も言っていない。
まして加害者側が学校側になにか言うなんて考えられなかった。
となれば、今朝から姿が見えないリツはどうしたのだ、という結論に達した。
「なあイワン、リツからなんか連絡来たか?」
「……何もきてないよ」
リツの取り返してくれた携帯電話。
擦り傷だらけになってしまった携帯電話を眺め、震えることもランプがつくこともなく今日が終わろうとしている。
「イワン、リツにメールしてみろよ」
「……なんで僕?」
「オレは昨日話したし」
「……」
「リツが知ったら責任感じるんじゃないかと思ったオレらは言わなかったけどよ、結局昨日気づかれて。
お前からもフォロー入れといた方がいいんじゃねェの」
そんな事は分かりきっている。
けれども、どんな言葉を選んでも結局リツに気を使わせる結果になりそうで、
そもそもイワンがおとなしく言われるがままついて行ったのが悪かった。
『イアン』と少し前までリツが使っていた呼び名をそいつらが使い、ああこれはリツ絡みなのだと気づいてしまえば、
不思議なことに逃げるという選択肢は頭の中から綺麗さっぱり消えてしまったのだ。
向き合わなくてはいけないのだと無意識のうちに思ったのかもしれない。
それが圧倒的不利な状況だとしても。
「!」
二人の部屋のドアがノックされた。
エドワードがドアを開ければ、二年の先輩が立っていた。
「これ、さっき女の子がイワンってやつに渡してくれって持ってきたんだけど」
これ、と1冊のノートを差し出した。
「ありがとうございます」
礼を言ってエドワードはノートを受け取る。
「ほら。多分リツだろ」
エドワードはイワンにノートを渡す。
一般常識のノート。
イワンがリツに貸したノートだ。
中身を確かめることはせず、イワンはデスクに置いてベッドに潜り込んだ。
「明日はどうする」
「……いく」
「そっか。 無理はすんなよ」
「うん、ごめん」
エドワードまで巻き込んで、一体自分は何をやっているのだろう。
マイナスの言葉ばかりがぐるぐると頭の中を巡った。
*
次の日の朝。
部屋の窓から、いつも通りグラウンドを走るリツの姿を見つけ、イワンは部屋を出た。
教室ではほかの生徒の目もあってうまく話せるかわからない。
メールは書いては消してで一向に送信できそうにない。
なんて声をかけよう。
けれども時間が経てば立つほど声をかけづらくなるのは常識で。
走らずゆっくりと歩いてグラウンドに向かう。
朝のひんやりとした空気と、日のあたたかさが相まってとても気持ちがいい。
コンクリで囲まれ季節柄色を無くした花壇を超えてグラウンドに出れば、おはよ、とリツが笑って出迎えた。
「おはよ、一緒にストレッチする?」
「……うん」
リツはいつもと変わらずの笑顔でイワンに微笑みかける。
芝生の上でいつも通り、ぎゅ、とリツの背を押しながらイワンは口を開いた。
「携帯、ありがとう」
「ごめんね、イワン」
声が重なった。
「あは、ごめん。
こういう事、ヒーローアカデミーで起こるなんて思ってもみなかった」
ぐ、ぐ、と前屈をし、今度は足を広げ体の側面を伸ばす。
「怪我は大丈夫?」
「え?」
(どうして知ってるの)
思わずイワンは体をこわばらせた。怪我のことは学校側へ伝えていない。
「馬鹿どもから聞いた」
なにを、と具体的なことは言わない。
蹴っただの、引き倒しただの、罵倒しただのを繰り返し聞いてありありとその様をイワンに思い出させたくはなかった。
「うん、大丈夫」
「ならよかった」
(本当はまだ痛いけど……)
けれどもイワンはこれ以上リツに知られたくなかった。
「ありがと、交代しよ」
交代、と言ってリツは立ち上がった。
「もう来てくれないかもってちょっと思ってたんだよね」
「……え?」
「ほら、私と関わるのが嫌になっちゃったかなぁって」
ほんの少しリツの声が震えた。
どうしたのだろうとイワンは振り返りたかったが、背に置かれた手がそれを許さない。
「……嫌になるわけないよ」
(嫌いになるわけない。だってリツは)
「……明日からも、ここに来るよ。 その、リツが迷惑じゃなければ、だけど……」
「ほんと?」
「うん 」
はあ、とリツは息を吐く。
「はは……よかった」
「……? 」
イワンの背を抑えていた手が離れた。
「ねえイワン、これからも友達でいてくれる?」
「うん」
「ありがとうイワン」
前の学校でも似たような事件で友達を失った。
もう、同じ思いはしたくなかった。
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