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▼ 誕生日を市民が

街のあちこちで街路樹が色づき始めた。
行き交う人々もどこか早足で、下を向き首を縮こませている。
秋も深まり、シュテルンビルトに冬の気配が感じられる様になった。

しかし日が翳り、夕刻に近づくにつれそわそわとしている一団の存在があった。
こそこそと相談し、バレないようひそめて「その時」を待っている。

興味の無いものからすれば、平静を取り繕う皮一枚下で浮ついていることなど微塵も感じないであろう、そんな「計画」

あるものはポケットにクラッカーを忍ばせ、ある者は友人達と示し合わせて数枚のボードをバッグに入れていたり。

またあるものはバケツいっぱいの刻んだ色紙をベランダや屋上に用意したり。

そしてあるもの達は、開店と同時にHERO'S BARに詰めてチラチラと大型のモニターに視線を送りながら「その時」を待つ。

きっと今日も何か事件が起こるに違いない。

平和を願う市民も今日ばかりは事件を期待していた。

「おい! ブロンズの時計店に強盗が入ったらしいぞ!」
「テレビ!! 出動か? どうだ!?」

客のひとりが犯罪の情報を叫び、それに期待をする客たち。じっとテレビを見つめるが速報が画面下部に流れただけで期待していた展開にはならなかった。

「……ナシか」
誰ともなくつぶやいたその言葉で皆画面から目を離しまたスマートホンへと視線を戻した。

中継が始まり、彼らが出動するということは、被害者がいるということ。
何か事件が起こればいいという期待に少々の申し訳なさを感じつつも、ハプニングを期待していまう。

けれど犯罪が日常茶飯事のこのシュテルンビルトで、珍しくまだヒーローが出動するほどの事件は起こっていなかった。

「おーい、スカイハイロール1つ」

どこからともなく、オーダーが聞こえた。それを皮切りに、あちこちの席から追加の注文の声が上がる。


「!」


お馴染みのアイキャッチ音に、店内の客は顔を上げた。

『今夜も始まりましたヒーローTV! 今夜のターゲットはーー』

「おい! ゴールドだ! 」
『first arrival! TIGER&Barnaby!』

「いいぞ! 今日もいったれバーナビー!!」

「もしもし! 見てるか、ゴールドだ!全員集めろ!」

いつもならバーの中で飲みながら画面の向こうにやじを飛ばしたり、激励したりする彼らだが、今日は違うらしい。

半分ほどは席を立ち、急いで勘定をしようとレジへと列を作っている。

「ちょっとはやくしてよ! 間に合わなくなっちゃう!」




対して、HERO'S BARのカウンターで一人飲む女は首をかしげた。
「騒がしいのね。彼らはバーナビー・ブルックスJr.の追っかけなの?」

バーテンダーはグラスを磨きながら店の中を見渡した。

「本日は、バーナビーブルックスJrのバースデーですよ」
「……?」

慌ただしく店の外へでていった者達。さっぱり意味がわからないと女は肩をすくめグラスを傾けた。

「よくわからないけど、みんなヒーローが好きなのね」
「そうですね、もしかしたら映るかもしれません」

映るかもしれない。その言葉の意味を知るため、女はイスを回転させ、カウンターに肘をついたままディスプレイを見上げた。












「おい、まだか」
「まだ。 犯人確保から2分後って取り決めなんだから。あと少しだから待ってろよ」

犯人確保。 見事TIGER&Barnabyは激しいカーチェイスの末犯人を取り押さえた。

そしてその報がテレビ、ラジオ、ネットに拡散された瞬間からカウントダウンは始まる。

この時のために朝からーーいや、人によっては数日前から用意していた。
十月の最終日。

「そろそろだ。 五、四、三、二ーーーー!!」

スマートホンのタイマーにあわせ、男はベランダから体を出しバケツをひっくり返した。

その向かいのマンション、ビル、様々なところから紙吹雪が舞う。

大通り、街頭の巨大な液晶テレビ前にはたくさんの人が集まり、各々塗り分けられたボードを頭上に掲げている。

あちこちでクラッカーが鳴り響き、その様子をヒーローTVはヘリコプターから中継した。


《HAPPY BIRTHDAY our HERO!》

《HAPPY BIRTHDAY Barnaby!!》


彼に、あの赤いヒーローに届けばいい。
きっと届くだろう。

願いを込めて市民はヒーローの誕生日を祝う。


「おめでとうバーナビー!」

ヒーローの個人情報はあまり公開されていない。
唯一生年月日を、公表しているバーナビーブルックスJrの誕生日をシュテルンビルト全体で祝うのは初めてのことだ。

「見てくれているかな」
「見てるさ、きっと」

願わくば来年もまた祝いたいものだと、皆一様に思ったのだった。







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