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▼ 15 修行でござる

「えー……では、ひたすら頑張りましょう」
「師匠! 忍びの極意などはあるでござるか!?」
「ええ……? うーん、静かに、かな?」

忍びじゃないので存じ上げません、とは言い出しづらく、リツは顎に手を当て悩んでいた。
イワンの熱望により早朝トレーニングを走り込みだけでなく忍者修行、とやらを加えることになった。

「あと度胸」
「度胸でござるか?」
「うん、そうだなぁ、三階の窓から飛び降りてそのまま走りされるくらい」
「な、なんと……」
「まずはそうだなぁ……用具庫の屋根から飛び降りてみる?」

リツはグラウンドの端にある用具庫を指さした。
百人乗っても平気かどうかはわからないが、リツとイワン二人が乗るくらいなら平気だろう。

「えー、飛び降りる時に気をつけるべきは足首と首」
「首、でござるか?」
「うん、足首とか膝はみんな意識するんだけど、首ってあんまり気にしないみたいでさ、
最初に飛び降りる時、着地の時ガクガク動いてむち打ちみたいになる人がいるんだ」
「な、なるほど」

「膝で衝撃を和らげて。 ま、経験と練習あるのみだよ。がんば。」

がんば、とリツは笑顔で「やれ」と示した。

「リツ」
「ん?」
「どうやって登ったら……」
「……おーー、うん、よし、これから頑張ろうね」

普段の実践授業を見る限りイワンは運動能力がとても高い。
経験さえ積めばきっと、それこそ忍者のように動けるかもしれない、とリツは考える。

「ほら窓のサンに手をかけて」
「す、滑るでござる……」
「んー、そのうち指の皮膚が固くなればまあ……とりあえずこれ使って」

これ、とリツはウエアのポケットから手袋を出した。

「これはっ!? ま、まさか忍びの 「運送屋のあんちゃんがよく使う滑り止めが優秀な手袋だよ」

イワンの期待を裏切ってしまい申し訳ないが、これはダンボールがすべらないハイテクノロジーのグリップがよく効く手袋だ。

「とりあえず先に登るからさ、手足かける所見ててよ」

リツは窓のサンに手と足をかけた。
そのまま腕を伸ばし窓の上側に指先をかけ体を浮かせた。

「おおーっ」

つま先でサンを蹴り屋根へ手を掛けひょいと体を乗せた。

「さ、おいでよ」
「了解でござる!」

リツの予想通り運動神経の良いイワンは勝手がわかるとするするとあっという間に壁を登り屋根に上がった。

「すごいじゃん」
「は、はじめて登ったでござる……」
「まあ、普通は脚立使うしね。 よーし、じゃあ飛び降りるよー。 ずだんっていくと痛いから、イメージはスタッとね」

ずいぶんと曖昧なアドバイスだが、イワンは神妙に頷いた。

「ムチウチに気をつけてね。
足裏がついたら膝を曲げて、両手も地面につけてグッと押して上体を起こす。
体を起こすことで次の動作に移りやすくなるからね

ランディングっていうんだけど」

それだけ言い残し、リツは屋根のヘリに片手をつきひょいと飛び降りた。
イワンもそれに続く。
失敗することなくイワンはリツと同じ動作をした。

「流石イワン。
飛び降りる時はPKロールって方法があるんだけど、明日はそっちもやろう」

パチパチとリツは拍手を送った。
「はいじゃあもっかいのぼりまーす。 今度はジャンプして屋根に飛びつこう。腕の力で体を屋根に乗せるよ」
「ガッテン承知でござる!」


この日から毎日忍者修行(仮)は続き、イワンは次々と技を習得していった。














「リツはどうしてヒーロー目指さないの」

ちょっと休憩、とスポーツドリンクをがぶ飲みしているリツにイワンが話しかけた。

「就職先が決まってるから」
「えっ?」

悩む素振りもなくリツは答えた。
「親戚の会社に入ることが決まってるんだ。 ヒーローじゃ私のネクストは生かせないけど、その会社なら生かせるから」
「そ、そうなんだ」

ボトルのキャップをパチンと閉めて芝生の上に放り投げた。

「ど、どこの会社なの」
(遠くに行っちゃったら嫌だな……)
「ヘラクレスジャスティック。 あ、これはみんなにはナイショね」
「……うん。」

ヘラクレスジャスティック
聞いたことあるな、とイワンは記憶を掘り返す。

(ネクストの警備会社、だっけ)

「まあ、民間の警護士だよね。 ボディーガードとか、警備とか……社員全員ネクストっていう変な会社だよ」
「そうなんだ」

そうだ、五年前に出来たばかりのこの会社は設立時大いに話題になった。
個人でオーダーできるヒーローとまで言われ騒がれていた気がする、とイワンは思い出された記憶を整理していく。

「それって危険な仕事なんじゃ……」
「ヒーローだって危険でしょ。 確率に差こそあれ百パーセント安全な仕事なんてないよ」

「そ、そっか……」
それもそうだとイワンは頷く。
(もう就職決まってるのか……僕は、ヒーローになれなかったらどうしよう)

黙り込んでしまったイワンの背をリツはつついた。

「ほら、最後腕立てして寮戻るよ。クライムアップ連続で五回しか出来なかったんだから」
「あ、うんっ」

リツの掛け声で腕立てをしたイワンは朝食の席でプルプルと震える手を隠すのに精一杯で、それを見たエドワードに笑われてしまった。


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