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▼ 13 イワン、イワン、イワン

イワンがリツの頭をなでていると、リツがぴくりと反応した。
ぎゅ、と繋ぐ手に力を込める。
「!」

「来たぞ! ワイルドタイガーだ!!」

勢いよくトイレのドアが開き、ワイルドタイガーが飛び出した。
そしてワイルドタイガーが手のひらサイズの何かを投げた。

それがレジの前に落ちた、瞬間。

「うわっ!!?」

強い光と煙が吹き出した。
人質の悲鳴が上がる。

「化けて!」
リツが叫ぶと、イワンはネクスト能力を発動させた。
つないだ手の中になにか四角いものが残った。
これがイワンだろう、と握りしめたままリツはトイレへと走る。

「っだ! おい大丈夫かよっ!?」

ワイルドタイガーの声を無視してリツは窓から飛び出す。

そのままヘルメットもかぶらずにバイクにまたがり発進させた。





「っひゃー!! 間一髪!」
『リツさんっどうなってるの!?』

「フラッシュバンだよ。
ワイルドタイガーがゴーグルつけてるのちらっと見えたからっ」

フラッシュバン。閃光弾とも呼ばれるそれは強い光を放ち、その閃光を見ると数十秒は何も見えない状態になる。

威力の強いものは至近距離でくらえば失明の恐れもある恐ろしいものだが、ヒーローがこういった作戦で持たされるものは
火花も散らない威力の弱いものだということをリツは父親から聞かされ知っていた。

「でも普通は飛び出す前に投げるんだけどね……」
(ワイルドタイガーは何をやってるんだか……)

『わかってたなら教えてよ……』
「だって犯人がこっちガン見してるんだもん。ごめんね。視力戻った?」

『……まだ』
「そっか。 じゃあまだポケットの中で我慢しててね」

リツは信号で止まり、ハンドルに引っ掛けていたヘルメットをかぶる。
「もう少しで公園だから」

『あの女の人大丈夫かな』
「人質の?」
『うん』
「大丈夫。 あのリボルバー式の銃見た?」
『ちょっとだけ見たよ』
「あれね、5連装だったんだよね」
『?』

普通のリボルバー式拳銃は六連装だ。
「銃身も短いし、威嚇以外で使うには射程距離が短すぎる。
よほど平和な国じゃない限りお呼びでない拳銃なんだよね」
『ごめんリツさん、よくわからないんだけど……』

「あー、えっとね、ニホンの警察が持ってる拳銃っていえばイメージわく?
管理は厳重で1つなくせばもうすごいニュースになるの。
加えてあの慣れてない感丸出しでさ……
ゴム噛ませてあったし、使ったことないんだろうねぇ……」

『あんまり本気の犯行じゃないってこと?
ヒーローが来たら逃げられなくなるのに?』
「あいつらが解放を要求した犯罪者は、政治犯。
政治犯の解放を、他国の不祥事をからめて主張するなんてねぇ……」
『リツさんはよく見てるね』
「イアンも今度巻き込まれたらじっくり見てみなよ。
ヒーローになったらきっと役に立つよ」
リツは笑った。

「さ、公園ついたよー戻れる?」

エンジンを切り、トロトロと公園内に入る。

バイクを元の場所に戻し、リツはヘルメットを脱ぎポケットから擬態したイワンを取り出した。

そっとベンチに置けば、青い光とともに元の姿に戻った。

「お疲れ様」
リツは笑いかけるがイワンの顔色は悪かった。

「リツさんも、お疲れ様」

青ざめた顔で力なく笑うイワンに、リツは心の中で謝っておく。

「ねえ、そのさん付けやめようよ」
前にも言ったけどさ、とリツは頬をかいた。

「なんかムズかゆいんだよねぇ。
私らさ、こうやって共犯者になったんだし、共通の秘密が出来たわけだし」

イワンが座るベンチ、隣に腰を下ろす。
「ね」
「じゃ、じゃあリツさんだって僕の名前……」
「イワン」
「!」

ぽつんと一つ街灯があるだけの小さな公園。
その寂しそうな光がリツの顔を照らした。

(う……)
「イワン。 ほら、呼んだよ。次はイワンの番ね」
(やっぱりわざとだったんだ)
「あ……」

イアンじゃなくてイワン。
たった一音しか変わらないというのにイワンの胸がざわざわと騒ぎ出した。

「イワン、イワン、イワン」
「な、何回呼ぶのさ……」
「ん……イワンが私の名前を呼び捨てにしてくれるまで」

何が何でもリツはイワンに名前を呼ばせるつもりのようだ。
覚悟を決め、リツ、リツ、リツ、と心の中で唱えて練習した。

「っ……リツ」
「はい。 なぁにイワン」

(な、何って……)

「ありがとイワン。 さ、帰ろ」

リツは立ち上がりお尻を払った。

「すっかり遅くなっちゃった。 寝坊しないようにねイワン」
「うん」

信号も点滅灯に変わった深夜。
なんとなくお互い顔を見づらくてひたすら前を向いて歩いた。


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