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リツ
リツ。
施設の慰問やキャンペーンなど、仕事中もリツのことばかり考えてしまっていた。
会社で隣にいればつい見てしまう。
いなければ探してしまう。
重症だ、とキースは深いため息をついた。
親しげにしていたバーナビーのことも気になる。
リツがホテルに泊まった夜のことも気になる。
リツが泊まったのは本当にホテルだったのか。
本当はバーナビー君のところにいたのではないか。
馬鹿なことばかり考えてしまい、どうにも集中が続かない。
「あ、リッターさん!」
「!」
ドラゴンキッドの声に思わずキースは振り返る。
「あらん、ハンサムとのCMね!」
(ああ、あのCMか。)
思い出したくもないあの映像に唇を噛む。
演技だとわかっていても見ていられないのだ。
スマートホンの画面に女子組が釘付けになっていた。
「んまぁ!なかなかいいじゃない! 妄想が膨らむわぁっ!」
見たくない。
リツのことは見たいが、でも見たくない。
そう葛藤しトレーニングに集中しようとするが、どうにも気になってしまう。
「わ……すご……」
ブルーローズは頬を赤らめ口元を抑えている。
「なんていうか、男同士なのに、すごい……」
「んもー、愛に性別は関係ないわよぅ!」
(愛に性別は関係ない……?)
バーナビーはやはり、男としてステルスリッターのことを好いているのだろうかと思案する。
ならば女性だと、ステルスリッターの正体がリツだと知れば……まだ希望はあるのかもしれない。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。嫉妬ばかりして、こんなに自分の心の内が醜いと知られては、リツに嫌われてしまうかもしれないとキースはトレーニングウェアの胸元をくしゃりと掻寄せた。
(リツが好きになってくれた時の私のままでいたいのに)
「……」
キースはキャイキャイと盛り上がる女子組に背を向け、携帯を持ってトレーニングセンターから出た。
*
携帯の呼出音に画面を見ればキースからだった。
リツは留守電に切り替わるギリギリまで逡巡してから電話に出た。
何の話だろうかと心臓の鼓動が早くなる。
「もしもし、どうしたの?」
『リツ、ちょっと来て欲しいんだ……私服のままで構わない。ジャスティスタワーの中のカフェに来てくれないか』
「どうしたの?」
『来ればわかるよ。待っているからね』
それだけ言うと一方的に切られてしまった。
ジャスティスタワーだが私服で良いと言うなら個人的な用事だろう。
キースと二人きりならばできれば避けたい。
けれど既に待っているという。
ちらりとクローゼットの方を見て、リツはため息をついた。
手早く薄く化粧をほどこした。
白いケーブルニットのワンピース。ピタリと体のラインに添い、鎖骨が綺麗に見えるようボートネックになっている。裾は同色のシフォンになっていてふわりと揺れた。
これがあのCMの撮影前なら、こんな気持ちで出かける支度をしなくても済むのに、とリツの表情は浮かない。
以前ならキースと会えるなら嬉しくて浮き足立っていた。
友人として相棒として割り切った関係を楽しもうと一度は立ち直ったつもりだった。なのに。
ブーツをはいてドアを開けた。
今だってキースと会えるのは嬉しい。ただそれ以上に複雑な気分が邪魔をするのだ。
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