のべる | ナノ


▼ 9 早起きはなんの得

起床時間よりも早くイワンは目を覚ました。
日課にしている早朝のトレーニングのため、トレーニングウェアに着替え同室のエドワードを起こさないようそっと部屋を出た。

ヒーローになりたい。
その夢を叶えるためにヒーローアカデミーに入ったものの、自分の能力がヒーロー向きではないと改めて突きつけられ、今まで目標にしてきた『夢』が揺らぎそうになっていた。

体格はまだまだこれからだとしても、女子のリツと同じくらい。
運動能力も度胸も彼女に及ばない現実はひどくそれはもうぐさりとイワンに突き刺さった。
それはヒーローアカデミーの寮に来てから中断していたトレーニングを再開するキッカケになった。



夜は明けているが まだまだ気温は上がっておらず、外に出れば秋の朝のひやりとした空気がイワンの肌をなでた。

軽くストレッチをしてから走る。
リツと走り回った道を辿ってグラウンドへ出た。

「……あれ?」

グラウンドにはすでに先客がいた。
(リツさん、だ)

グラウンドの外周を走るリツの姿。後ろ姿だけれどどういうわけかあれがリツだとイワンにはわかった。

(一緒に走っても大丈夫かな……)

邪魔にならないだろうか。
うざいと思われないだろうか。
図々しいと思われないだろうか。

ぐるぐるとマイナスな考えが浮かぶ。

(校舎の周りを走ろう……)

リツの邪魔になると判断したイワンは方向を変えようとした、その時。

「いあーーーん! はしるなら おいでよー!」

「!」

振り返ればブンブンと手を振るリツの姿。

呼ばれている。
邪魔ではないのだろうか。

「い、いま行くっ」

この声は多分リツには届かないだろう。
自分の声の小ささは自分がよくわかっている。

駆け寄ればリツは既に汗をかいていて結構な時間運動していたらしかった。
「おはよ、イアン」
「お、おはよう……」
「イアンも走りに来たの?」
「うん……」

リツのようになりたくて。
リツよりもっと動けるようになりたくて。

「じゃあ一緒に走る? あー、自分のペースの方がいいかな」
「あの、リツのあとついて行ってもいい、かな」

「いいよ。 辛くなったら声かけてね」

こめかみに伝う汗をぐい、とぬぐいリツはまた走り出した。












「明日からも走る?」
「うん、体力つけたい」

20周程グラウンドを走り、ストレッチをして休憩。
リツはイワンの背中を押してやるが、その必要性を感じないくらいイワンの体は柔らかかった。

「じゃあこれから一緒に走ろう。 ああ、でも体調悪い時は無理しないでね」
「うん。……あのさ、リツさんはなんで……その、動けるの?」
「どういう意味?」

「あの時……忍者みたいで、すごくかっこよくて……」

ああ、とリツはうなづいた。
レクリエーションの時、鬼から逃げ回っていた時の事だろう。

ふと、いたずら心が持ち上がる。

「ああ、私14歳までニホンにいたでしょう? 忍者になるべく修行してたの」
「!!」

ぐい、ぐい、とイワンの背中を押していたが、急に動かなくなった。

「ほら、私小さな子供になれるから。 大人を油断させられるからって、能力がわかった時から修行させられてたんだ」

「……ほ」
「ほ?」
「本物の忍者がここに!!?」

(しまった!)

イワンは勢いよく身を起こしリツの手を握った。

「拙者を弟子にして欲しいでござる! 師匠!!」
「……はい?」

(し、信じちゃった……)

「ど、どうか!!」
「あ、いや、ごめん、ウソデス……」
「了解でござる。存在を知られるのはご法度という……」
「や、ちょっと待とうか、冷静になろう」
「リツ殿! どうか、どうか弟子に!!」

うつむきがちのイワンにしては珍しく顔を上げてしっかりと目を見て、ハキハキと話している。
よほど忍者が好きなのだろう、弟子に!という目はキラキラと輝いている。

(殿って……)

「忍者じゃないけどまあ、トレーニング一緒にやってればそのうちできるようになるかもね……?」
「ほ、ほんとでござるか……?」
「そのかわり、私の名前に『さん』付け禁止」

「えっ」
「呼んでみて、ほら」

リツは意地悪そうに笑う。

「そ、そんな……」
「クラスメイトなんだからいいじゃん。 」

「リツ……殿」
「それもダメ」
「……」
きゅ、とイワンは唇を結ぶ。

「ねーえー、呼んでくれないの?」
リツがイワンの顔を覗き込めばイワンもまた顔をそらす。
けれども明るい金の髪からのぞく耳の色を見てリツはニヤリと笑う。

「ねぇイワン、呼んでくれないの?」
「!」

(今っ イワンって!)
今まで訂正してもイアンと呼ばれ続けたイワンは、思わず顔を上げた。
ただ名前を正確に呼ばれただけ。
ただそれだけなのに、

(嬉しい……)

「ねえってば」

イワンはこくりとつばを飲み込み、覚悟を決めて口を開いた。
「っリツ………さん」
「やり直し」
「……」

黙り込んでしまったイワンを見て、リツは少しやり過ぎたかな、と頬をかいた。
「そろそろ時間だし、戻ろっか。 シャワー浴びる時間なくなるし」

背中をツンとつついてリツは立ち上がった。
「いこ」
「……うん」








prev / next

[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -