▼ 5 戦闘向きじゃなくても
「お、よく来たな」
「あのー、一発殴るって聞いたんですけど」
体育館の中、高飛びのマットに腰掛け対人格闘の教師が待っていた。
「そうだ。 本気で来いよー? 」
がはは、と豪快に笑うガタイの良い男性教師。
まともにやっては一発当てるどころか、リツの身体をひょいと摘んで投げてしまいそうだ。
「ちょっと待ってください。 武器の使用は可能ですか」
「凶器じゃなきゃいいぞ」
「じゃあネクスト能力の使用は」
「有りだな」
「じゃあ先生に複数人で挑戦するのは」
「有りだ」
(よし)
そこまで確認して、やはりリツの予想は当たっていた。そして、作戦の実行が可能だ。
「じゃあよろしくお願いします!」
「おいおい、仲間連れてくるとかいいのか」
「大丈夫です!」
(大丈夫)
ひとつ、大きく深呼吸をして、リツはジャージの上着を脱いだ。
てくてくと教師の前に歩み寄り、ジャージを丸めて下に置き、
「よろしくお願いします」
礼をして殴る真似をした。
微笑ましいものを見るような目で教師が見てくるが、リツは無視をした。
「おう、こちらこそ」
言い終わるか終わらないか、リツは教師につかみかかった。
「おいおい、殴らないと意味無いぞ」
そのまま柔道のように投げ飛ばすような体制をとるが、力が足りないのか体は浮かなかった。
「ははっ 次は体格差を考えてーーあ?」
どす、と教師の背中に衝撃があった。
何事だと振り返れば、今度はリツが拳を教師の脇腹に入れた。
「……なんだ、そういうことか」
教師は目を丸くし、現状を把握すると笑い出した。
「二人の連携プレーか!」
「スタンプ貰えます?」
「ああ、やるよ。 ほら二人ともカード出せ」
リツとイワンは顔を見合わせ、やったね、と笑った。
「よく考えつくね、あんな事」
「まあ、イアンの能力ありきだけどね」
イワンはリツの上着に擬態していた。
教師は入学したてで何も出来ない女生徒ひとり、
きっと油断どころかじゃれてくる犬をあしらう程度にしか考えて居なかっただろう。
よいしょよいしょと教師をどうにかしようとする振りをして意識を完全にリツに向け、
意識の外に出たリツの上着ーーイワンは擬態を解いて一発。
それに教師が反応したところでリツが一発。
それがリツが立てた作戦だった。
「まともに正面からパンチなんて無理ゲーもいいとこだしね」
(まともに挑んだ僕って……)
「私ヒーローみたいに戦闘向きじゃないネクストだからさ、イアンがいなきゃクリア出来なかったよ。
ありがとね」
「僕こそ……ありがとう。 それで、あの、イアンじゃなくて……」
「よし、この調子で次に行こう!」
*
「あと一つなのにぃぃいいいいいいっ!!」
「どうしよう、この先逃げ道ないよっ」
制限時間残り10分。
イワンとリツは鬼に追いかけられていた。
順調にスタンプを集め、残すところはあと一つのところまで来ていた。
「窓から飛び降りーーる!!」
「こっ ここっ2階だよっ」
「3階じゃなくてよかった、ねっ」
突き当たりの教室では二年の生徒が授業をしていた。
「失礼しますっ!」
「あ……すみません…」
イワンとともに謝りながら飛び込めば、廊下での叫びが聞こえていたのだろう。
ご丁寧に窓を開けて待っていてくれた。
「ま、まってよ! 無理無理無理!!」
「行くぞイアン!」
失速しかけたイワンの首根っこをつかみリツは窓枠に足を掛け、飛び出した。
「ーーーーー!!」
胃の浮くような浮遊感。
恐怖でイワンは悲鳴も出なかった。
ぎゅ、と膝裏と背中にリツは手を回し、子供を抱えるように縦抱きにして着地した。
下ろして手を引けば、イワンはへたりこんだまま動かなかった。
「立って!」
「む、むり……」
「ヒーロー目指すやつがこれぐらいでへこたれんなァッ」
ズリズリと、力づくで引っ張る。
幸い鬼は髪の長い女の先輩だ。
ジャンプしたり壁を伝って追いかけては来ない。
が、校舎の外は鬼に見つかりやすい。
なんとかイワンを立ち上がらせるも、膝が笑っている。
「……度胸がつくまで、練習だね」
「え」
「窓から飛び降りれないのにヒーローなんか務まるわけないでしょ。
……少なくとも私の知ってるヒーローはこれくらいは軽くこなす身体能力もってる」
うつむくイワンのあごをつかみ上を向かせる。
「男見せなさいよ」
見開かれた紫の目が金の髪の隙間から見えた。
「いた!」
スチューデントコンシルの鬼に追いつかれた。
「!」
「やっば! 走るよイアン!」
「い、いいよ僕のこと置いてって……」
「……ここまで来てスタンプ減点はさせないっ」
長い髪を振り乱し、鬼が迫ってくる。
「イアン、擬態して。」
「ーーえ?」
「早く!」
何がなんだかわからないままイワンはまたジャージの上着に擬態した。
「よしっ」
リツはイワンが擬態した上着をつかみ走り出した。
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