▼ 4 鬼かと思えば
オリエンテーション開始から1時間、なんとなく鬼の能力がわかってきた。
身長の高い男の鬼はジャンプ力がある。
髪の長い女の鬼はその髪をさらに伸ばして操り対象を捕まえる。
そして一番曲者なのが小柄な男の鬼。
彼は壁だろうがなんだろうが『走れる』のである。
窓から見えた生徒を捕まえようと、彼は壁を駆け上ったのである。
勢いで登ったわけでないことは、壁から垂直に身体を保つ様子を見ればわかる。
彼にとって壁は地面と同じであり、『高い所』はその意味を成さないのである。
(参ったな。)
もちろん能力など使わなくても三人とも足が早い。
スプリンターのようなトップスピードで追いかけられては逃げ切る方が難しい。
ならば作戦は一択。
見つからないように隠密行動有るのみである。
まだ今の時点でリツのスタンプはゼロ。
悲鳴の聞こえた位置や見える範囲での情報を照らし合わせればおそらくスタンプを持つ教師のうち三人は移動していないようだ。
そして、鬼はどうやらそれぞれ担当の範囲を決めているらしかった。
(そろそろスタンプ集めに行こうかな)
そっとフェンスから離れ、また重いドアを音を立てないように静かに開けた。
「!」
目の前にあの壁を縦横無尽に走る鬼が立っていた。
「「あ」」
間抜けな声が重なった。
奪われるスタンプは持っていない。
マイナスになったりするのかな、と思いつつもリツは逃げなかった。
「あ、あの……」
「?」
「ぼ、僕、鬼じゃないから……」
何を言っているのだろう。
今にも消え入りそうな声で鬼は自分の存在を否定した。
どういう意味だと首をかしげれば、鬼は青く光り姿を変えた。
「あ、キミかぁ……イアンくん」
明るいブロンドの髪に猫背のクラスメイト。
「あ、あの……イワンです……」
その訂正が聞こえていないのか、リツはイワンの肩をがしりと掴んだ。
「今のがイアンのネクスト能力なの? すっごいじゃん!!」
「さっき捕まった時に、コピーしたんだ」
「じゃあ壁登れて便利だね!」
褒めたたえたつもりが、イワンはどんよりとため息をついた。
「コピーできるのは見た目だけなんだ……」
「……うむ、どんまい」
そうそう都合の良いネクストなんてあるはずがないよな、とリツはイワンの評価を改めた。
かくいう自分も似たようなものなのだからイワンのことをあれこれ言う資格もない。
「イアンは何個スタンプ集めたの?」
「……今4個」
「すごいじゃん! 私なんかゼロだよ!」
屋上から一切動いていないのだから当たり前である。
イワンの首に下げられたスタンプカードをリツは勝手に見た。
「わあ! 4回も捕まってる! 計8個も集めたんだすごいねイアン!」
なかなか積極的に参加しているようだ。
「私これからスタンプ集めに行くから」
「あ……じゃあ僕も……」
「イアンも一緒にいく?」
「う、うんっ」
諦めたのか、イワンは名前を訂正しなくなった。
*
「センセー、スタンプください」
まずは保健室。その性質から養護教諭は移動せずここにいることは調査済み。
「リツさんね。 はいどーぞ。 イワン君ももう一度いるかしら」
「あ……僕のは大丈夫です」
養護教諭は母親くらいの年齢の女性だった。
「ありがとうございましたー」
長居をしては鬼に見つかってしまう。
そっとドアを開け外の様子を伺ってからそろりと廊下に滑り出た。
「イアンは何のスタンプが足りないの?」
「……これ」
これ、と差し出したスタンプカードを見れば、
「えーと、対人格闘の先生と、運動生理、一般常識、実働演習、基礎運動、危機回避救助講……ね」
「……対人格闘の先生は1発殴らないとスタンプくれないんだ」
「え、まじ?」
なんだそれは。
新入生に対し厳しくないだろうか。
「2回挑戦したけどダメだったんだ」
(……意外とやるな)
消極的な見た目と喋り方に反してイワンは頑張っているようだ。普通いきなり人を殴れ(しかも相手は格闘のプロ)なんて言われて殴りかかれる振り切れた人間は少ない。
「イワンはヒーロー目指してる?」
「うん」
(じゃあ一生懸命だよなぁ……)
「よし、じゃあ次は対人格闘の先生のところ行こう」
「え? 無理だよ」
「うん、きっと一人じゃ無理。 二人で殴りかかっても無理」
え、とイワンはリツの言葉を聞き返した。
(無理なのに行くつもりなの?)
「まっかせなさい。 作戦あるから、協力してよね」
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