▼ 3 体育会系オリエンテーション
次の日、授業らしい授業が始まる前に新入生だけを集めたオリエンテーションが開催された。
友人を作り絆と団結力をウンタラカンタラというコンセプトの元、校内の敷地すべてを使った鬼ごっこが開催されるらしい。
ルールは簡単、制限時間四時間以内にスチューデントコンシルの先輩が務める鬼に捕まらないよう逃げ回り、各教科の担当教師からスタンプをもらうスタンプラリーだ。
ただ、鬼に1回捕まると集めたスタンプがひとつ無効になり、教師も1箇所にとどまらず移動したり逃げたりするという。
ネクスト能力の使用は自由だが、破壊行為や他人に怪我をさせるような事は禁止。
スタンプを10個集めた者はなんとカフェテリアの日替わり定食一年分無料だというのだから、リツは気合十分だった。
リツは配られた地図とスタンプカードをひらひらとあおぎながら同級生達を観察する。
まだほとんどの同級生のネクスト能力を把握していない。
鬼役の先輩の能力もわからない。
スタートの合図でどう動くかリツは決めあぐねていた。
「リツ、頑張ろうね!」
「うん。 ハンナ、作戦はあるの?」
「えー……とりあえずスタートしたら校舎に走ろうかなって。 まずは職員室で目当ての先生探してみようと思うの」
「……なるほど 」
(たぶんいるのは一人か、もしくは関係ない教師しかいないだろうな)
そんなわかり易いところに密集していてはオリエンテーションにならない。
おそらく校舎、体育館、カフェテリアなど別々の棟に配置されている可能性が高い。
1人くらいはボーナス的に職員室にいそうではあるが。
「リツはどうするの?」
ハンナの他にもクラスの女子がリツの元に集まってきた。
入学式で代表挨拶を呼んだので何かしらはなしかけやすいのだろう。
「うーん、とりあえず固まってたら狙われるよね。
足が早いとかジャンプがすごいとか姿を消せるとか逃げることが得意なネクストはいる?」
(……誰もいないんかい!)
これだけ人数がいれば一人くらい都合の良い人物がいるだろうと思ったが、どうもそううまいことは無いらしい。
リツはチラリと男子の塊を見た。
向こうは赤毛の少年が中心になっている。
その塊の端に昨日話しかけたイワンという少年が一人違う方向を見てぼーっとしていた。
「……」
「ねえ、リツどうする?」
「リツの能力はどんな能力なの?」
代わる代わる女子がリツに訊ねて来る。
「私は子どもになれるネクストだからかくれんぼくらいしか役に立たないよ。
うん、スタートと共に全力ダッシュかな。」
作戦も何もあったものではない。
「とにかく地図をよく見て覚えて袋小路は避けること。
鬼に追いかけられた時の逃げ道を何パターンか探しておくこと。
これに気をつけて」
『そろそろスタートしますよー!』
スチューデントコンシルが拡声器で呼びかける。
「じゃ、頑張ろうね」
リツは笑顔で周囲の女子を牽制した。つまりはついてくるなよ、ということである。
『新入生の皆さんがスタートした20秒後に鬼がスタートしまーす!
頭を使って逃げましょう
ではっ! よーい スタート!』
*
スタート、とハウリングを残してオリエンテーションがはじまった。
リツは5人ほどの生徒を追いかける形で走り出した。
先陣を切っては「置いてかれた」と後々非難されかねない。
先頭には赤毛の少年、そしてその後をイワンが走り、名前は忘れたが女子が続き、グラウンドを出てからは皆ばらけた。
(どうしようかな)
グラウンドを出て体育館の方へ進路をとった時、後ろから鬼がスタートしたと聞こえてきた。
「……」
白いアカデミーのジャージに赤いタスキをかけた三人が走ってきた。
リツは体育館への進路を変更し校舎の中に駆け込んだ。
教師を探すことなく階段を二段飛ばしで駆け上がる。
二年の教室前の廊下を駆け抜ければ教室の窓から「頑張れー」と声援が聞こえた。
(バレるじゃないか!)
逃げているのにこれでは位置が知られてしまう。
苦笑いで応え、廊下の窓を何箇所か開けながら屋上を目指す。
四階の端にある鉄製のドアの前でリツはしゃがみ鍵穴を見る。
ドアはもちろん施錠されている。ドアの四隅見ても電子的なもので制御されているようには見えない。
これならば開けても警備室にバレたりはしない。
(ディスクシリンダか)
鍵穴は縦、大文字のオメガを90度傾けたような形。
リツは靴を脱いで中敷をめくり何本かの金属の棒を取り出した。
まずは1つ差し込んでみる。
軽く動かして引き抜けば何本かの傷がついていた。
中のピンの数は少ないようだ。
これ幸いと今度は別の棒2本に持ち替え鍵穴に差し込んだ。
ディスクシリンダはよく出回る一般的なキーだ。
内筒と外筒を上のピンと下のピンで制御し内筒を回せばあっという間に解錠される。
軋む重い金属製のドアを押し開け屋上に出る。
姿勢を低くしてほかの生徒がどうなっているか観察する。
オリエンテーションに割り当てられた時間は4時間。毎年開催されているらしいのでその時間には何か根拠があってのことだろう。
おそらく優秀な鬼を揃えているはずだ。
まずは鬼の能力を把握しなくては本当に4時間走り回るハメになりかねない。
姿勢を低くしてフェンス越しにそっと下を覗く。
「ハンナ……」
早速ハンナが鬼に追いかけられていた。
ハンナは能力を発動させ手を伸ばし塀に掴まり登ろうとしたが、体を支えきれず尻餅をついて落ちた。
そして鬼に捕まりスタンプカードに何か書き加えられていた。
ハンナは能力に対し筋力が圧倒的に足りていなかった。
「うーん……」
恋バナ全振りの彼女に筋トレを勧めてもきっと嫌がるだろうな、とリツは思った。
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