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痛い。
肩が、背中が、腕が、お腹が、あちこち痛む。
痛くて痛くて声も出ない。
脇腹から、肩から、足から暖かいものが流れてゆく。命が、流れていってしまう。
……兄さんに、ユーリさんに酷いことしちゃうな。
おばさんの事ママって呼んでみればよかった。
キースさんにも会いたい。声が聞きたい。最後にもう一度会えたら、幸せ。
轟音。
けれども、目を開けて確かめられる気力はない。
「虎徹さん! どうして!!」
タイガーさんがどうしたの。
H-01はどうなったの。
バーナビー・ブルックスJr.の声が聞こえる。
「やめてくださいよ! 何死にそうになってるんですか!!
こんな人じゃないでしょアナタ。元気だけが取り柄なはずでしょう!!」
死にそうに。
どうしたの、タイガーさんが、どうしたの
しばらくして、私の隣に何かが置かれた。
濃厚な気配に、その何かは人なのだろうと判断する。
たくさんの足音が聞こえる。
「リツ!!」
ーーキースさんの、声がする。
「リツ!!」
キースさん、助かったのかな、それとも都合のいい幻聴だったりして。
目を開けて確かめたいけれども、もう、わからない、考えがまとまらない。
*
「……」
生きてる。
轟音と、ヒーローたちの戦う声がする。
生きてる。
ゆっくりと目を開ければヒーロースーツの砕けたタイガーさんが隣に横たわっていた。
血が足りず力が入らない腕をそっとタイガーさんに伸ばす。
硬い手のようなものに触れた。
ーー生体反応あり、バイタル微弱。
「……」
ーー起きてください、虎徹さん。 娘さんを、楓ちゃんを助けてあげてください。
目立たないよう、ゆっくりと、触れた指先から能力を流していく。
タイガーさんを治療すればするほど、感じる痛みは強くなった。
「ーーっ」
痛い。
痛い、痛い。
だけれど、やめるわけにはいかない。
「ーーたいが、さん、聞こえます、か」
ひりつく喉から声を絞り出す。
「……」
「楓ちゃんっ」
ブルーローズの声が聞こえた。
ーー楓ちゃんが、どうしたの。 起きてくださいタイガーさん。
「たい、がー、さん。 起きて、楓ちゃんを」
ピクリとタイガーさんの腕が震えた。
きっと、もう大丈夫だろう。
私は能力を切って手の力を抜く。
もう疲れた。ゆっくりと休みたい。
「リツ」
意識を手放す直前、キースさんの声が、幻聴が聞こえた気がした。
*
「リツ!リツ起きてくれ!」
私はリツの体を抱き起こす。
力なく放り出された四肢は冷たく生気を感じられない。
「そんな……リツ……」
ワイルド君が生きていたことで喜んでいたブルーローズ君も、口元を覆って青ざめている。
「リツ! リツ!」
約束したじゃないか。私はきちんと覚えているよ。
リツが行方不明になる前、私がジェイクと戦う前に約束したじゃないか。
終わったら二人でまた出かけようって。
楽しみにしていると言っていただろう。
「スカイハイさん落ち着いてください。まだかすかに息がありますはやく病院へ!」
バーナビー君に指摘されリツを抱き上げて能力を発動させる。
リツを抱き上げれば血が滴った。
黒い作業着は血こそ目立たないものの血を吸ってぐっしょりと濡れていた。
力なく閉じられた瞼。
どうか助かって欲しいとジェットパックを最大出力でメディカルセンターへと急ぐ。
久しぶりにリツをこの腕に抱く。
「リツ……私も君のことが好きだよ」
小さくつぶやいた私の想いはリツには届かない。
夜のパトロールを欠かしたことは無い。
犯罪の多いこのシュテルンビルトで、出動要請の来ない犯罪はまさに星の数ほど起こる。
少しでも力になれればと始めたが、いつしか夜の街にリツの光を探すようになっていた。
事件の後、壊れた街を直すためあちこち駆け回り夜闇に仄青く光る君を見つけるのが楽しみになっていた。
パトロールのついでだから、とさも最もらしい理由をつけて君を現場まで運び、
さながらデートのようだと心踊らせながら君と空を飛んだ。
そうだ、サーカスを見に行ったこともあった。
レッツビリーブキャンペーンでは一般人として私に会いに来てくれた。
私の傷や疲れを癒してくれたり、トレーニングセンターで他愛のない話をしたり……
短いあいだだったけれど楽しかった。とても。
「好きなんだ、リツ」
どうか、リツの命を、どうか。
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