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▼ 16


「ここなら、人の目を気にせずに済みます」


案内されたのは、ゴールドステージにある彼の自宅だった。

いやいやいや、人の目を気にせずに済むのはいいけれど、初対面の女を部屋に連れ込むのはどうかと思う。
さりげなく腰に手を回してエスコートしてくるあたり、もしかしてバーナビーブルックスJr.って結構遊んでいるのかもしれない、とリツは冷や汗がにじんだ。

高そうなデザインのチェアを勧められ腰掛けると、バーナビーはコーヒーを淹れテーブルに置いた。


「単刀直入にお聞きします」

じっとバーナビーはリツの目を見つめる。
なんとなく居心地が悪くてリツは居住まいを正した。

「リッターさん、ですよね?」

「え?」

静寂。
高層の彼の部屋は外の音が全く聞こえない。

「リツさんはステルスリッターさん、ですよね」

「ステルスリッターってウチのヒーローの?そんなわけありませんよ。私は体格が違いますし、第一性別が」

「僕の名前、声が違っても呼び方がおなじだ。あなたは僕をフルネームで呼び、ブルックスの発音が少々独特です」

他の言葉も、小さいことだが端々に共通点が見られる。
仕草や腕の動かし方。
そう細かく指摘され、ついにリツは白旗をあげた。

「お察しの通りです……」

バーナビーブルックスJr.の分析力には脱帽だ。
確かに、気をつけていないとブルックスはアールではなくエルの発音になっている。
せめてファーストネームで呼んでいればとリツは頭を抱えたい気持ちでいっぱいになった。

CEOに怒られるーーだけではすまなそうなので彼には黙っていてもらおうとリツは口を開きかけた。

「良かった」

「え?」

「リッターさんがあなたでよかった」

ニッコリと彼は笑みを浮かべる。

どういう意味だろうかとリツはバーナビーの本意をはかりあぐねまた曖昧な笑顔で濁した。

「そういえば、完成したCM見ましたか」

「あ、まだ見てないです」

CMの相手を前に言いづらいが、あの撮影はあまりいい思い出ではない。

「放送は明日かららしいですが、先にディスクを貰いまして」

彼は大きなディスプレイの電源を入れた。



『ここにおられましたか』

「!」

背景が合成され、心地よい音楽が流れている。

これからの展開を知っているリツは鼓動が早くなる。
二人からにじむ切なく甘い雰囲気。

(これは……放送しても大丈夫なのかな)

『いい香りだ』
「いい香りですね」

「!」

セリフにあわせてバーナビーブルックスJr.はリツの髪をひと房手に取り、口付けた。

振り返れば、彼バーナビーの顔がすぐそばにあった。
バーナビーの瞳が、リツの視線をとらえる。

「僕にしておきませんか?」

するり、とうなじから髪の中に彼の綺麗な指が差し込まれた。

「後悔は、させません。」

耳元で囁かれ、熱い吐息が耳朶をくすぐる。

「スカイハイさんではなく、僕を選んで」

リツのなかで、ぞくり、と何かが疼いた気がした。







「なーんて」

「へ?」

熱を孕んだ目から、ぱっとメディア向けのような表情に変わる。


「冗談はさておき、このままでは仕事に支障が出るのでは?」

今は出動がないから良いものの、もしなにか大きな事件が起こり気もそぞろではミスをしかねない。

「差し出がましいようですが早めに決着した方が良いと思いますよ」

「決着も何も。 私は彼と仕事仲間として、友人として関係を続行したいんです」

「スカイハイさんが納得しない……訳ですか」

ーー拒絶しないでくれ。

キースの声が脳裏に響く。

「時が解決してくれるのではないかと、私は逃げ回ってる次第です」

ステルスリッターのような言い回しにリツは苦笑する。

「私、以前は彼のこと好きだったんです」

「以前?」

「はい。以前。でも彼に振られちゃいまして」

バーナビーブルックスJr.は目をみはる。今とは事態が逆だ。

「一生懸命想いを押し込めて、やっと友人と割り切ったんです」
あはは、と軽く笑ってみれば、真摯なバーナビーの視線に動きを縫い止められる。

「では想いを上書きしては?」

「……へ?」

「フリでいいんです。僕とお付き合いしませんか?」

「……ん……?」

「今は気持ちが別のところに有ると知ってもらうんです。
きっとスカイハイさんはまだリツさんの気持ちが自分にあると考えているので引かないのでしょう」

なるほど。それはいいかもしれない。
一瞬リツは納得しかけた。
いやでもしかしと頭を振る。

「ヒーローであるバーナビーブルックスJr.がそれをするのはマズイと思いますが……」

パパラッチとか女性人気や、アポロンメディアのヒーロー事業部の経営戦略などなど。
人気ヒーローの制約は多い。

「むしろメディアに発表するくらいしないとスカイハイさんはあきらめてくれないと思いますよ」

良い案だと思うけれど、メリットがあるのはリツだけでバーナビーブルックスJr.にはメリットがない。むしろ女性問題はデメリットだ。損害でしかないと、リツは断ろうとした。

「うーん……ですが、私ばかりメリットがあるのも……」

「そうでもないですよ」

「え?」

「いえ、僕のメリットはどうでもいいんです。とりあえず試してみましょう」

そして虎徹に引き続きバーナビーブルックスJr.の個人の連絡先もリツの携帯に登録されることになった。










オマケ


「あ、虎徹さんは私がステルスリッターだと知らないので」

「え、あのひと気づかなかったんですか?」

「ええ、たぶん……」

「鈍いにも程がある……」





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