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▼ 9 みんなの前と二人きり

「もうすぐだからね」
「う、うん」

もうすぐ。
その意味を皆まで言わずともイワンはリツの意図を汲み取った。

もうすぐ二週目、企業のーーヘリペリデスファイナンスの前だ。

「!」

(TVカメラが移動してる)

さっきまでは端のほうにあったヒーローTVのカメラが校長の隣にいる。
カメラの横に立つ女性はほかの踊る生徒に目もくれず、睨むような鋭い目つきでイワン達を見ていた。

イワンの動揺を感じ取ったリツは、ここまで来て計画を崩してなるものか、と震えるイワンの右手を引き寄せ、
またもう一度キスを贈った。
「バッチリ映るね、能力解くところ」
「!」

もうすぐ。

その言葉通りどんどん近づいてゆく。
あと1メートル、あと80センチ。

リツは手のつなぎ方を恋人がするように絡めた。
それが合図

リツの唇が三日月のように弧を描いた。


ーー瞬間。


パッと青い光が二人から発せられた。


突然の光に驚き、ダンスをやめる生徒もいた。
踊り続けていても事態を把握しようと視線はイワンとリツに注がれる。

額からイワンの擬態が解けてゆく。

「まじかよ……」
近くでエドワードの声がした。
リツがアンリの能力で着せて貰ったスーツも光とともに消えてゆく。
リツが擬態した体もノイズに侵されたかのように歪み、元の顔に戻る。
その間一瞬だけダンスが止まり、腕を組み替えパートを切り替える。

「あはっ やっぱりイワン素敵!」
「こんな注目されるなんて……」
「ほら胸張ってよ」


ちらりと企業の人たちへと視線を向ければひとり残らずこちらを見ていて。

満足そうにリツは笑った。













「いわんさぁーん、企業の人に挨拶行きますよぉー」
「や、やっぱり無理! も、もうさんざん注目されたし、カメラにもっ」
「あーのーねー、人付き合いの基本は会話です。
話したことのない人物と、話したことのある人物、その違いしかない商談でどちらを優先するかといえば
もちろん話したことのある人の方を選ぶのが人間の心理です。人情です。
ヒーローの選定も然り。
ほら行くよイワン!」

一曲目のダンスが終わり、ふたりはクラスメイトに囲まれた。
そしてイワンは飲み物を貰ってくる、とその輪の中から逃げ出したのだ。
リツが適当にあしらってイワンを迎えに行けば、ツリーの後ろに隠れて出て来なくなった。

「……」
力づくで引っ張り出したところでまた逃げられるかもしれない。
イワンにしては頑張った方なのだ。このへんで勘弁してやるかな、とも思えたが、リツはやはりここで諦めて欲しくなかった。

「……ねえ、ちょっと抜け出そうか」
「え?」
「目立つの疲れちゃったんでしょ。 中庭にも音楽聞こえるし、あそこで二人だけでちょっと踊ろうよ」




イワンとリツは暗い中庭にまたやってきた。
会場と違い吹きさらしの冷気で体が冷える。
イワンはぶるりと身震いをするが、リツはなんともなさそうにツリーを見上げていた。

「……寒くないの」
「寒いけど、それ以上に楽しいの」

イワンはリツの隣に立って同じようにツリーを見上げた。

「イワンと踊れてホント楽しかった。 二人で練習した時も楽しかったけど、やっぱり今日は特別」

リツはイワンの手をとった。
「この曲が終わるまででいいから付き合って」

「うん」
イワンもその言葉に応えてリツの腰に手を回す。

会場から漏れる音楽にのってステップを踏む。

さく、さく、と枯れた芝生を踏み、くるりと回る。

ツリーの周りを二人は踊る。
よく晴れ星の光を遮るものはなく、冬の星座が二人の頭上に輝いていた。

(ずっと踊っていられたらいいのに)

二人きり。観客は無くもうアピールする必要は無いのにイワンは体を離すことなく寄り添いリードする。
仮面の奥、紫の瞳は無警戒に澄んでいてその美しさに目が離せなくなった。

全て自分のものにしてしまいたい。

イワンがヒーローを諦めたなら、手を伸ばして捕まえて優しい言葉で絡めとってしまえば良いのではないか。

ふつりと心の奥底でよどんだ泡が意識の上層めがけて浮上してきた。

(……わたし、今なんて事を……!)

「……リツ?」

リツはパッとイワンから離れた。

「あ……ごめん。 寒いし、戻ろっか」
にこりと笑ってリツは誤魔化そうとした。

「リツ……」
イワンは控え室でリツがしたようにジャケットを脱いでリツの肩にかけた。
「いいよ、イワン寒いでしょ」
「どうみてもリツの方が冷えてるから…… お願いだから、着てて」

「ありがと、イワン」



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