▼ 8 いざ、出陣!
会場となる体育館へ続く列の最後尾にイワンとリツはいた。
「微笑んで、ほら笑って」
緊張でガチガチになったイワンは動きが固く、青ざめているように見えた。
このままではダンスなんて到底無理かもしれない。
どうにか緊張をほぐそうと、リツは思案する。
このままではガチガチのまま入場の出番が来る。
その結果が良い方に転がるとは思えなかった。
「レディ、こちらへどうぞ」
リツはイワンの手を引いて渡り廊下から外へ出た。
「えっ? ちょ、ちょっと、もう順番が」
ヒールで初めて歩く芝生の感触。
イワンは足がもつれないよう、早足のリツに必死について行く。
リツが立ち止まったのは、二人で運び飾り付けたツリーの前。
ひっそりとライトもなく、日が沈み暗くなった中庭で静かにクリスマスツリーは立っていた。
リツは跪きイワンの手を握って、ほほ笑みかけた。
「イワン、必ずヒーローになろう。
パーティー中も、パーティーが終わってからもずっと、私はイワンを応援し続ける。
何があっても、私はイワンの味方。」
「リツ……?」
「私がついているんだ、大丈夫に決まってる。
不安に思うことなんてない。ねえ、イワン笑ってくれないの?」
最後の一押し、とばかりにリツ能力を解き元の顔に戻り、イワンの手の甲に唇を軽く押し当てた。
「!」
「うーん、笑顔じゃないけどまあ、いっか」
ぱっとすぐにネクスト能力を発動させ変身する。
真っ赤になった、若干涙目のイワンを伴いリツはまた会場の入口へと戻った。
「行きますよ、レディ」
「うん」
二人の番になった。リツは右手でイワンの手を取りエスコートし、一礼。
滑り出すように会場に入れば一斉に視線が突き刺さる。
ギクリと一瞬イワンの体がこわばるが、つないだ手の親指でキスをした部分をなぞってやれば、また頬に赤みが追加され、視線で抗議が返ってきた。
それに笑顔で返し、リツはざっと会場を見渡した。
校長、理事、ヘリペリデスファイナンスのCEOと役員、タイタンインダストリーCEOと前ヒーロー管轄役員、ヒーローTVのカメラと、コメンテーターに転身したヒーロー。
そして、ほかの企業の人々の中に小さく手を振るアンリの姿を見つけた。その横の男性はリツの姿を見て笑いをこらえていた。
重要な人物の位置を確認すると、柔らかな音楽が流れ始めた。
ボールダンスの始まりだ。
タイムテーブルでははじめに一曲踊ってから校長の言葉があり、そこからは絶えず流れる音楽に合わせ踊るなり、
軽食を楽しむなり、企業へアピールしに行くなり自由だ。
「レディ、私と一曲踊っていただけますか」
「よ、よろこんで」
もともとペアなのだからわざわざおうかがいなど立てなくても良いのだが、リツはあえて周りに見せつけるように、大仰に恭しく誘った。
見ている。
見られている。
イワンとリツの姿を会場中の人間が見ていた。
(まずはつかみはオッケーかな)
リツの姿のイワンの手を取り、腰を引き寄せた。
それを見て慌てて周囲の生徒もダンスの体制を取り音楽に合わせて踊り始めた。
「ね、ねえリツ」
「なに?」
「みんなさ、僕達みたいにぴったりくっついてないよ」
「気づかれたか」
「ど、どうしてっ」
離れようとしたイワンの体を引き寄せ、にんまりとリツは笑った。
「あのペア、ほかの人たちよりも近いよね。 ーーそう思われたなら私達は『その他大勢』の枠から抜け出て『くっついてる近いペア』という唯一の存在にランクアップされ、
その後も自然と距離をチェックしようと視点が止まるようになる」
「そ、そんな……」
「周りの目なんて気にしない。さ、企業の人たちの前通るよ。
一回目は普通に通り過ぎて、その先のヒーローTVのカメラに流し目でカメラ目線送ってね」
「無理っ」
「ぐるっと回って二週目で能力解くからそのつもりで」
イワンの無理、という言葉は聞き流し、リツは企業の人々の固まる校長の方へとリードする。
「裾をフワッと、12カウント」
言われた通り、イワンは12カウント目ヘリペリデスファイナンスの前で手を精一杯伸ばし距離を開けてくるりと体を回す。
「上出来」
体の回転にほんの少し遅れて首を戻し、余韻をつける。ドレスの裾も髪の房飾りも優雅に舞った。
「さ、次はヒーローTVのカメラだよ」
(流し目でカメラ目線なんて!)
「難しければ、何見てんだコノヤローって横目で睨めばいい」
「え」
「ほら、さあさあ」
カメラの前。言われた通り、イワンは横目で、少し伏し目がちになってしまったが、カメラのレンズに向かって視線を送った。
「?」
視界の端でリツの唇が動いた。
「リツ?」
なんだろう、と目の前の相手に視線を戻せば、リツは違う人を見ていた。
ヒーローTVの腕章をつけた髪の長い女の人。
その女の人も何かに気づいたようにカメラマンに何かを指示していた。
「早く戻りたいなぁ。元の姿のイワンと踊りたい」
「な、なんか恥ずかしい」
「恥ずかしがらないで。 会場で一番イワンが素敵なのは私が保証する」
「リツ……」
(……自分の顔なだけに逆にこっちが恥ずかしいわ)
中身がイワンならこんな顔もできるのか、とリツはため息を飲み込んだ。
要勉強だなとイワンが擬態した自分の顔をじっと見つめる。
付け焼刃と言える程度の日数しか練習していないにも関わらず、イワンのステップは狂いがなくとても綺麗に踊っている。
彼の身体能力の高さがこんなところで活きてくるとは。
(来年も一緒に踊れたらいいな)
けれどもイワンに恋人ができれば、リツは身を引かざるを得ない。
まだ見ぬイワンの隣に立つ女性の存在を想像してざわざわと胸にさざ波が立つのを感じた。
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