▼ 7 僕が君で、君が僕で
それから二人だけで何枚も写真を撮った。
自分はいいから撮ってあげるよ、と言うイワンにそれでは意味が無いのだ、とか、
ちゃんとカメラに目線をおくれ、だとか文句をつけながらリツが満足するまで何枚も撮影した。
ふたりがうまくカメラ目線で、並んで写った写真はリツ秘蔵のアルバムに加えられることになるだろう。
パーティーの開始時間が迫るにつれ、廊下が騒がしくなった。
リツはイワンにコルセットのような帯を締め直してもらい、大きく深呼吸した。
コンコンコン、とドアがノックされ、アンリがやってきた。
「お待たせ。 最後の仕上げをしましょ」
「じゃ、イワン私に擬態して。 細めだよ、細め」
シワにならないようにと脱いでいたジャケットをはおり、仮面をつける。
リツはイヤリングをつけて鏡でチェックする。
「可愛いでしょ。 千代紙の折鶴」
小さなパールと折鶴のイヤリングがリツの耳で揺れる。
「よし、やっちゃって」
イワンはリツの手にそっと触れてネクスト能力を発動させた。
「ワオ! すっごいソックリ! 」
(わぁ……なんか恥ずかしい……)
練習の時よりボリュームも重量もあるドレス。
肩も背中も胸元も晒されていて、この姿のまま大勢の前に出ると思うと、緊張して手が震えてくる。
「アンリ! この状態で写真!」
「ハイハイ」
リツにねだられアンリはカメラを向けた。
カシ、と軽い音とフラッシュの光に照らされ、ドレスが輝いた。
「じゃあ次はリツねン。 誰に化けるの?」
「兄貴」
「じゃあそのサイズね。3、2、1で同時に行くわよ」
何が起こるのだろう。
リツの姿のイワンはじっとふたりを見つめていた。
「「3、2、1」」
いち、のカウントと同時に強く青い光が部屋を埋め尽くした。
あまりのまぶしさにイワンは目を閉じ顔を背ける。
光がやんだ時には、ドレス姿のリツではなく、イワンのスーツに身を包み、仮面をつけた男がいた。
「リツ、だよね?」
「当たり前でしょ」
「ヤダ、アンタの兄さんの声で女言葉はやめてちょうだい」
リツは姿見で全身をくまなくチェックし、「あ」と声を上げた。
「頭! 黒のまんまじゃん!!」
しまった、とリツは短い髪をつまむ。
「あら……じゃあアンタの伯父さんに化けたら? イワンくんほど明るくないけどブロンドだし黒髪よりはマシじゃないの」
「え……おじさんだとほうれい線が……」
「その言葉、伝えとくわねン」
「喜んで擬態させていただきます!!」
パッと青い光が部屋に満ちる。
今度は髪の色が変わり、少し歳をとった姿に変わっていた。
「……仕方ないけど……仕方ないけど……」
「あまりからかうなって伝えとくわ」
「ありがとアンリ……」
誰に伝えるのか。
よく事情のわからないイワンは首をかしげるが、リツは説明しようとしない。
ならば知る必要が無いか、リツが言いいたくないかなのだろうとイワンは結論づけた。
「じゃ、行きますかレディ」
耳慣れない低い声でリツはイワンを促した。
「じゃ、アタシは会場で合図待ちしてるわ」
「うん、よろしく」
アンリが部屋を出た。
「いい? 企業の人の前でネクスト能力を同時に解くからね。
合図は前に教えたとおり。 そこで踊りのパート変えるから」
「うん」
「表情も気をつけて。『私』の時は微笑んでて」
「が、頑張る」
「能力を解いてからも背筋を伸ばして。 ああ、この仮面ちょっと視界が狭いかも……気をつけてね」
「が、がんばる……」
イワンよりも頭一つ分大きくなったリツの、見慣れない鳶色の目が、今は黒いイワンの瞳を捉える。
「イワンは出来る。 できるよ。 だって二人でたくさん練習したからね」
リツはイワンの手を取り部屋を出た。
*
「おお! ニノミヤさ〜ん! ドレスアップしてお綺麗ですよ!」
会場近くの控え室になっている教室に入れば、校長に出迎えられた。
「あ、ありがとうございます……」
イワンは校長の迫力に負け、消えそうな声で応えた。
「おや、ニノミヤさんのパートナーということはイワンくんですよね?」
「はい」
「なんでまた擬態なんて……ん? もしかして、どうしてイワンくんが」
まずいな、とリツは焦っていた。
(仮面つけててもやっぱりバレちゃうか……)
できれば入れ替わっていることはギリギリまで知られたくない。
イワンのフォローは望めないな、と思っていた時、割って入る声があった。
「校長、来賓の方がお待ちなのでは」
「!」
「ああ、そうですね。 ちょっと様子を見に来たつもりが長居をしてしまいました。
では、パーティーで」
そう言って校長は控え室を出た。
ふう、とため息をつき、助けてくれた声の主に向き直る。
「ありがとうございました、先輩」
「なんでソレ選ぶかな……」
リツが先輩、と呼んだスーツにアカデミーのエンブレムの腕章をつけた女性はため息をついた。
「イワ……じゃなかった。リツ、この人はね二年でスチューデントコンシルの人だよ。バレたみたいだね」
「えっ!」
先輩は片眉を上げ、擬態したイワンの姿をそれとなく観察する。
「そっくり。 すごいネクストね君」
イワンは半歩後ろに下がってしまうが、ぐっとリツに腰を掴まれそれ以上は動けなかった。
「秘密にしていてくださいよ、せーんぱい」
「心配しなくても、そんな暇ないわ。 もうすぐ始まるしね。じゃ、頑張ってね」
じゃあね、と先輩と呼ばれた女性は控え室を出ていった。
「し、知り合いなんだよね?」
「ああ、いとこ」
「そうなんだ……」
「それより、表情気をつけて。みんなイワンのこと見てる」
「!」
言われて気づく。控え室には他のドレスアップした生徒たちがいて、その殆どが擬態したイワンの方を見ていた。
「……」
リツはイワンを椅子に座らせジャケットを脱ぎイワンの肩にかけた。
「女の格好は恥ずかしい?」
「そういうわけじゃ…ないけど」
「寒くはない?」
「平気、だけど……」
「だけど?」
イワンは視線を泳がせ言い淀む。
(みんなリツのドレス姿を見てる……)
「……言わなきゃわからないよ、教えて」
「…その、」
イワンが口を開いた瞬間
「お、いたいた! イワン、リツ!」
「エドワード」
エドワードに声をかけられイワンは口を噤む。
「サンドラの準備が終わんなくて間に合わないかと思ったぜ」
カラカラと笑うエドワードは白いスーツを着ていた。が、細部のカラーリングや肩のエポレットはまるで
「エドワード、スカイハイみたいだね」
「だろ? カッケーだろ!」
「うん」
リツはイワンの声色を真似て答える。
(あ、リツが言ってたことだ……)
ーースカイハイみたい
ーー〇〇みたいって思うオリジナルのアイコン
こういうことかとイワンは今までのことが腑に落ちた。
「しっかしイワンはまた違う人間に擬態してんのか」
「ぼ、僕のことはどうでもいいでしょ 」
「パーティー参加者はスタンバイしてください!」
どう誤魔化そうかと思っていたところで、スチューデントコンシルの声に助けられた。
いよいよパーティー開始時間だ。
「じゃ、お互い頑張ろうぜ!」
「うん」
エドワードは友人と話していたサンドラを連れて出ていった。
「よし、行きますよレディ」
「僕はそんなキザなことは言わないよ」
「演技だよ、演技。 自分の名前呼ぶのも違和感あるし……じゃあ、そうだな……」
リツは少し考え、言った。
「では、いざ出陣でござる!」
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