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▼ 6 写真に写ったホントの気持ちは

こんこん、とカーテンの閉まった窓をノックすれば、すぐに窓が開いた。
「遅い!」
「あ、ご、ごめんリツ……」

まさか昨晩から、もしかしたら両想いなのかも、と、そわそわもきもきしていて顔を合わせづらくて遅くなりました、なんて言えようはずもなく。

「早く入って。 紹介するね、アカデミーの卒業生のアンリさん」

するりと部屋の中に滑り込めば、アンリと呼ばれた人物が手を差し出してきた。

「アンリ・ダルモンよ。 よろしくねン」

「は、はじめまして…イワン・カレリンです……」

よろしく、と『彼』はパチンとウインクをした。
イワンはすぐに悟った。この人はいわゆる『オネエ』であると。

「とりあえずイワンくんのヘアセットね。上全部脱ぎなさい」
「え」
「イワン、言うとおりにしてね」

リツはペチペチと頬に化粧水を叩き込んでいる。

「はぁいよーくお顔見せてねン。 んー、なかなか綺麗な顔してるじゃなぁいの!」
「でっしょー。 いつも前髪で隠してるからもったいないよね」

アンリはイワンを椅子に座らせ、前髪を持ち上げてみたり耳にかけてみたりと髪をいじっている。
「衣装とマスケラに合うようにバッチリ決めてあげるからねン」

アンリの中でイメージが固まったのか、テキパキとテーブルに道具を並べ始めた。
コテにスイッチを入れ、ムースを絞り髪に馴染ませてゆく。

鼻歌交じりに、そして迷いなくアンリの手が動く。

前髪が固定され、視界が明るくなり心の置き場がなくなる。
「あの……前髪下ろしたままじゃだめですか」
「ダメよ」
アンリに即答されイワンはうなだれる。

「イワン、大丈夫だよ。 仮面があるじゃない」
「でも……踊り終わったら外すんでしょ?」
「……」
リツは化粧する手を止めてイワンの方へ向き直る。
アンリからずれて目が合った。

「……そう。 イワンの顔は武器になる」
「ぶ、き?」
「ヒーローは顔を隠す。 けれどもヒーローを雇う企業はヒーローの素顔を知っている。
人気ヒーローの素顔を知るのは自分たちだけ、それってすごい優越感だと思わない?」
「ゆ、優越感……?」
アンリは尚も手を止めず、上げて流した前髪の毛先にカールをつけはねさせてゆく。

「うん、優越感。それが美形でハンサムならばなおのこと。
市民のファンも大切だけれど、その前に自分の所属する企業の人間すべてを崇拝者に出来たら最強だと思わない?」
「僕は美形でもないしハンサムでもないよ」

リツは細い筆を取り唇に艶を乗せてゆく。
その形の良い唇を三日月のように歪めて笑う。

「イワンの評価は聞いてない。
私やアンリ、その他大勢はイワンの顔がとっても素敵に見える。
だからイワンの顔は武器になる。
でも、こんなに素敵なイワンを他人になんて見せたくないけどっ」
くるりとリツは背を向けてしまった。

「あらやだ嫉妬?」
「べっつにぃー」

んふ、とアンリは笑った。
(あらやだこの子真っ赤じゃないの)

イワンは目を伏せてしまっているが、耳も頬も真っ赤になっていた。

「はーい、あとはスプレーで固めて終わりねン。
次はリツよ! メイクは終わったの?」
「まつ毛がうまく上がんない」
「やってあげるから。 いじらないでそのままにしておきなさいな」

前髪を分け立ち上げて横に流し、サイドも流し軽くウェーブをつけた。
それだけなのに鏡に映る自分は別人のようで、なんだか直視し難くてイワンはうつむいた。

(こんな顔に、リツは素敵だって言ってくれる。
本当に僕のこと好きでいてくれてるのかな)

確かめたい。
確かめたいけれども、それが自分の勘違いだったら、
その勘違いをリツに笑われたらおそらくもう立ち直れない気がする。

「じゃ、リツはどういうスタイルにするの?」
「艶出ししてアップにまとめて、イヤリングと、頭にこの飾り付けるから映えるようにお願いしまーす」

ちりめんの摘み細工の花と、房飾り。
きっとドレスに映えるし、ターンする度に房飾りが可憐に揺れるだろう。

「オーケイ。 じゃあやるわよ」













「あらーん、素敵ねン」

ヘアセットが終わり、各自着替えた二人を見てアンリは手を叩いた。

「これなら会場の視線ひとりじめ……ふたりじめねン」
「イワン似合ってる。かっこいい」
「僕なんかがかっこいいわけ「ダメねぇ〜もう! こういう時はありがと、君こそクリスマスの精霊たちが見惚れるほど綺麗だ……っていうのよン!」

(そ、そんなセリフ言えないよっ)

「アーンリ、それより写真撮ってよ」

リツはデジカメを取り出しアンリに手渡す。

「そうね、会場でも撮ってあげるけど、先に二人で、ねン。
じゃあほら、二人とも並びなさいな」

こっちこっち、とアンリは二人を呼び寄せた。
「ここに立って、イワンくんは背筋伸ばして。 リツはよそ行きの顔作んなさい」

視線はこっちよ、とアンリが指示して写真を撮る。
何枚か連続で取り、はい、とカメラをリツに手渡した。

「アタシはそろそろ行かなくちゃ。
スタート30分前に戻って来るわねン。そしたら最後の仕上げをしましょ」
「うん、ありがとアンリ」
「ありがとうございました」

うふ、と笑い、アンリは部屋から出ていった。

「お疲れ様イワン」
「まだこれからだよ?」
「でも、いろいろいじられて疲れたでしょ」

「まあ……こんなふうにしたの初めてかも」
「すっごくかっこいいよ」

額が出てすっきりと顔全体が見えるようになったイワンを見ると、トクトクと心臓が速くなる。
甘い胸の締付けを気づかれないようにリツはいつも通りの笑顔を取り繕った。
「さっき撮って貰ったの見ようか」

来て、とリツに手招きされ、イワンはリツの座るベッドに腰を下ろした。

ピ、ピ、と操作していけば、すぐに目当ての画像が出てきた。

二人並んだ姿。

(うわ……僕にやけてる!)
(イワンが笑ってる!?)

ピ、と次に送れば今度は二人が見つめあっている姿で。

(み、見てられない!)
(……これはまずいかも。)

リツは映し出された自分の表情を見て、気を引き締めようと、唇を噛んだ。

(ダンスパーティー中ならまだしも、普段からこんな顔してたら、私……)

映し出されたリツの表情はどうみてもイワンのことが好きだと物語っている。

(だめだ。 イワンのヒーローへの道を応援するって決めたのに)

「……リツ?」

名前を呼ばれてはっと顔を上げる。
「大丈夫? ドレス苦しくない? ゆるめてあげようか?」
「!」

女性のドレスをゆるめる。
その意味をきっとイワンは知らないのだろう。
でなければこんな提案はしないはずだ。

「あ……じゃあアンリが来るまでちょっと楽に……なろう、かな?」

「じゃあ緩めるよ」
イワンはリツの腰に手を伸ばす。
迷いなく紐を引き緩めていく。

「ねぇイワン、ほかの女の子にはこういう事しちゃダメだからね」
「う、うん。」
「絶対だよ 」
「うん」

拙い嫉妬心。

「あとね、ほかの女の子のことダンスに誘うのもダメ」
「え? ほかの人と踊ることもあるの……? 」
「うん。 男性が誘えば、だけど。 例え社交辞令でも誘っちゃダメ。
女の人が誘いを断るのは失礼になるからあんまり断れないし」

「そうなんだ」
「地域によるけど、イワンは私とだけね!」
「うん。 僕はリツだけ。」

僕はリツだけ。

今日だけではなくこれから先も有効な約束ならいいのに、とイワンは思った。




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