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▼ 5 想い+願い=友人

明日はついにクリスマスイブ。
何度もイワンとリツはダンスや挨拶の練習をした。
ヒーローアカデミーのクリスマスイブ・ダンスパーティーは一年生だからといって失敗を笑えるようなイベントではなく、むしろヒーロー候補の先輩方をなぎ倒すくらいの意気が必要であることをリツは知っていた。

父に連れられパーティーを見たことのあるリツは、消極的なイワンに勝ち目はないと思った。
だからこそ、今まで見てきた『アピール』に負けないシナリオを組み立て、プロデュースしようと思った。

どうしてリツがイワン・カレリンという少年にそこまで入れ込んでいるのか、と訊かれればきっとリツは言葉をつまらせるだろう。

彼のことを『頑張り屋さんだから』というありきたりな言葉では表現したくなかった。

入学式の時から何故か視界に入る少年。
人見知りでちょっと暗く口下手な少年。
ヒーローを目指す学校にいながらヒーローアカデミー『出身』という肩書きが欲しいだけの学生と違って、彼は本気でヒーローを目指していた。

授業も自主トレーニングも人一倍真剣にこなす彼を見て、少しずつ、少しずつリツの意識はイワンに引っ張られていった。

そしてリツもまた鈍い方ではなく、イワンに抱く感情が恋に変わっていることはとっくに気づいていた。

けれどもリツはイワンと友人以上の関係を望んではいなかった。
ヒーローという仕事がどういう事なのか。
幼い頃からヒーローという存在が身近にあったリツは、自分の恋人はヒーロー以外がいいな、と思ってしまうのだ。

危険な現場に我先にと飛び込み、強盗など銃やナイフを持ち凶悪犯に立ち向かったり、
はたまた危険な災害事故現場に救助に入ったり。

ヒーローTVの中継をハラハラしながら見つめる母親の姿を忘れたことは無い。

もしもイワンに自分の想いを伝えて、
優しい彼が断らずに自分を受け入れたら。
もしも叶ってしまったなら、もう彼のヒーローになりたいという夢を応援できなくなってしまう。

彼と彼の夢が大切だからこそ、友人でいようとリツは思うのだ。











夜になって、オーダーしていた衣装が届いた。
ケータイから電話をかけてイワンを呼び出せば、10分とかからず部屋の窓が叩かれた。

「こっちから来たの」
「流石に今の時間堂々と女子寮に入れないよ」

窓から迎え入れて、綺麗な化粧箱をイワンに見せた。

「明日着る衣装だよ。さっき届いたの、開けてみて」

イワンは恐る恐る留め具を外し、蓋を開けた。

「わ……」
出てきたのは燕尾服とフロックコートの中間のようなシルエットで、上品な光沢があった。
背には麻の葉と霞、折り紙の鶴などのジャパネスクモチーフが刺繍されていた。

ジャケットの裾からちらりと見えた裏地は深い青、ベストにはパイピングとラインが入り、ヒーロースーツの一部にしても劣らないと思えるデザインになっていた。

「こ、これって……」
「完全な和装じゃパーティーにそぐわないしね。
だからといって龍なんて刺繍した日にはどこぞの輩かってデザインになるからここまでが限度かな」

に、とリツは男前に笑って見せた。
「仕上げはこれ」

これ、と手渡されたものを見てイワンは目を見張る。

「踊っている最中はつけてて。 あいさつ回りの時に外してね」

顔の上半分を覆う仮面。
「歌舞伎の隈取り……?」
「うん。私は顔までイワンになれないから。
このスーツ着てからドレス着た私に擬態してね」

イワンの手から仮面を取り、装着してやれば仮面からのぞくアメジストの瞳がよく映えて、
見慣れているはずのイワンがなんだかミステリアスな存在に見えた。

「ど、どう? 変じゃない?」

イワンの言葉にリツは我に返る。つい見惚れてしまった。
「素敵。 かっこいいよ……本番が楽しみだよ」
作りものでない笑みがこぼれる。
リツはスルリと仮面のふちをなぞる。指先が頬にかすめた。

(は、恥ずかしいよリツ!)

イワンは顔が熱くなるのを感じて身を引いた。
「リツのは? どんなやつなの?」

「私はねえ、こっち」

こっち、とリツはもう一つの箱を開けた。

「わあ……キモノ?」
「いや、着物じゃ踊れないから着物の生地でドレス仕立てたの」

ワンショルダーのロングドレスには薄い青と紫のグラデーションに、イワンのスーツに合わせた麻の葉と観世水紋様、控えめな色味で花食い鳥の織模様が入っていた。
ウエストには帯をコルセットのように仕立て結んである。

「イワンの髪と目の色に合うような色にしたんだ。
パーティーの主役は女だけど、ヒーローになるのはイワンだからね」

ドレスの箱よりも少し小さな箱からは靴とドレスにつける摘み細工の花が出てきた。

「二人で写真もとろうね」
「うん」
「あ、それとね、本番で私に擬態する時は少し細めのウエストにしといた方がいいよ」
「?」

「このドレスの寸法がね、このブランドの専属モデルさんサイズでさ、私のサイズのまま擬態するとイワンかなり苦しいと思うよ」
「えっ それってリツ大丈夫なの……?」
「私はなれてるから大丈夫。
このドレス、次の日の25日の夜にあるシュテルンビルトゴールドコレクションで、
ナゴミってブランドでモデルさんが着てランウェイ歩くからさぁ。
汚さないように気をつけなくちゃ……」

イワンの紅潮していた頬からさあっと血の気がひいた。
「ぼ、ぼくのは?」
「イワンのは違うから大丈夫。 けど後でナゴミ本社で飾るってさー」

リツはテキパキとトルソーにドレスとスーツをかけてブラシをかけ、ぴっと形を整えてゆく。

「貰えないのは残念だけど、反応しだいでは来年もナゴミ社の衣装かな」

(リツって……リツって何者なんだろう……)

決して安くない衣装と、有名ブランドにコネがあって、入学前からアカデミーのパーティーに行ったことがある。

まるで同い年には思えない。

「さて、とりあえず今日は解散。明日は15時に部屋に来て。ヘアセットと着替えはこの部屋でするからそのつもりで来て」
「わ、わかったよ」
「じゃあまた明日。 エドワードに情報漏らしちゃだめだからねー?」
「うん」

おやすみ、と手を振りイワンはリツの部屋の窓から出た。
まるで忍者のような身のこなしで屋根へと登り、男子寮へと急ぐ。
女子寮で目撃されたらおおごとになってしまう。

クリスマスイブ・ダンスパーティーを明日に控え、イワンの心の底から湧き上がるくすぐったいような少し苦しいような不思議な感覚に、
今なら空を飛べるか、水蜘蛛の術が成功するんじゃないかとさえ思えた。











「おかえりイワン」
「ただいま」

予め約束していたとおりエドワードは部屋の窓の鍵を開けたままにしていた。

窓を開けて身軽にスルリと入ったイワンにエドワードはにやつきながらわざとらしくため息をついた。
「ずいぶん楽しかったみたいだな?」
「え、な、なにが?」
「顔だよ顔。 なんか嬉しくて仕方ないって感じの顔してる」
「う、うそっ」

慌てて顔に触れるイワンを見てエドワードはついに笑い出した。

「やっぱ図星か! なんだ、ついにキスでもしたのか?」
「し、しないよそんなこと! 」

からかわないでよ、とイワンはため息をつく。
「あー、まだ付き合ってもないんだっけ?」

「僕なんかがリツと付き合えるはずないよ」
ベッドに倒れ込み、仮面をつける時にリツの指が触れた頬をなぞる。

「いいと思うけどなぁ、オレは」
「他人事だからそんなこと言えるんだよエドワードは」
「だって、リツがお前とパーティーに出るんだぞ?」

だからなんだ、とイワンは視線で応える。

「イワンは知らねーと思うけど、アイツいろんな男にパーティー誘われてたんだぜ」
「ーーえ?」

思わず起き上がれば、エドワードは指折り数えて男の名前を口にした。

「アレクサ、マックス、リチャード、トーマスにルドだろ?
あとは誰だっけな、カインにブラッド、ジャステイン、ゴッグ、あと先輩も何人か断ってた」

(な、なんで……?)
「クリスマスは家族と過ごすから帰るってみーんな振られて。
んで、土壇場で俺のペアがやっぱ無理って言うもんだからリツに頭下げるつもりで頼みに行ったら『先約がある』っていうじゃねーの。
しかもイワンと出るって……お前どうやってリツのこと口説き落としたんだよ」

(そんなのこっちが知りたいよっ)

情けないことに、自らパーティーのパートナーになって欲しいと言えなかったのだ。

(でも、これって、もしかして、もしかして!)

期待しても、いいのだろうか。

「おいおい、大丈夫かよ」

エドワードが心配して声をかけるほど、イワンは赤面していた。
(どうしよう! うれしい! )

顔を両手で覆っても、髪からのぞく耳も真っ赤に染まっていて、この場にエドワードしかいなくて本当に良かったと、イワンは思った。



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