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▼ 4 僕が本当の意味で自覚するまであと少し

「はいワン、ツー、スリー、ワン、ツー、スリー、」

男の姿のリツにリードされながら、イワンは必死に足を動かす。

「はいちゃんと顔上げてーワンツー、スリー」

自分より頭一つ分高い身長

見慣れない顔



「次ターン、ほら胸離れてる」

腰に回された手がぐい、とイワンの体を抱き寄せた。
履きなれないヒールはバランス感覚が狂う。
膝に力を入れないと曲がったままになってしまうし、つま先はとんがっていて無駄にスペースがあるぶん引っ掛けてしまう。

ドレスの裾はうざったいし、なによりデコルテの大きく開いたドレスが気恥ずかしかった。

「よし! おっけー。 さすがイワンだね、女子パートは大丈夫」
カウントが止まるとリツはイワンの頭をなでた。
「忘れないでね。 じゃあ、次は能力切って踊るよパートは本来のほうね」

リツは教室の近くに人がいないか確認するためドアから顔を出した。

「!」
「うおっ! すまん……あれ? どちら様?」

「え、エドワード……」

一番見つかりたくない人物に見つかってしまった。

「エドワード、僕だよ…」
リツは普段のイワンの声色を真似て弱々しく言う。

「ん? なんだ擬態してたのか。 ってリツはドレスなんか着てどうしたんだよ」
「だ、ダンスの、練習……」

(イワン!しっかり演じて!)
エドワードから見えないようにリツはイワンにアイコンタクトを送る。

「リツがサンドラのこと教えてくれたからなんとかペアゲット出来た。
ありがとな」

「う、うん!」

エドワードはリツに擬態中のイワンに歩み寄ると手をぎゅっと握った。

「!」
「しっかしいつもジャージだから見違えるな。 意外とリツスタイルいいんだな」
(意外ってどういう意味だよ)
思わず出そうになった言葉を必死にリツは飲み込んだ。

上から下までエドワードはしげしげと観察している。
「誘えなかったのが残念だ」

「い、いつまで手握ってるのさ」

リツは演技をしながらエドワードとイワンの間に割り込む。

イワンの肩が小刻みに震えていた。
このままではまずい。
動揺してイワンの能力が途切れては計画がバレてしまう。
早く追い出そうとリツはエドワードの腕を引っ張りドアの方へと連れていく。
「ほら、僕達はまだ練習するから……」
「見てちゃダメか?」
「だ、だめ……」

「ケチだな。じゃあまたな!」


教室の外に押し出し、足音が聞こえなくなったところで、日の暮れた教室に青い光が広がった。

「イワン!」

へなへな、とその場にへたりこみそうになったイワンを、リツは慌てて支えそして自身も能力を解いた。

「ぼ、僕にリツのフリは、むり……」

「うーん、大丈夫、ドレス姿が恥ずかしくって、ってことにしておこう」
リツは元の姿に戻ったイワンの頭を引き寄せそのまま肩に乗せた。
まるで赤子をあやすようにゆっくりとイワンの背をさすれば、しばらくしてイワンの震えが止まった。

「僕、ヒーローになれるかな」
「イワンはいいヒーローになるよ」
はあっ、とイワンは大げさに息を吐き深呼吸した。

「ね、ねぇリツ」
「なに」
「さっきのドレスリツのなんだよね」

肩がむき出しで、胸元の谷間も丸見え。
エドワードにじっくりと見られてイワンは気づいてしまった。
(リツの肩もむ、胸元もこれから大勢に見られるってことだよね……)

エドワードにリツと同じ体を見られただけでも嫌だったのに、これをリツ本人が着て見られることになるなんて。

じくりとイワンの胸が締め付けられるように痛んだ。

「わたしのだよ。 でも本番に着るのはコレじゃないから」

どうして、と首をかしげるイワンに、リツは笑った。
「ドレスはもっとイワンのいいところを引き立てるようなものを用意する。
あと三日もあれば完成するんじゃないかな」

なおも首をかしげるイワンに、リツはそっと耳打ちをした。

「ヒーローにはキャラクター性が大切なんだ。
人や物を見て『まるで〇〇みたい。』
そう言われるようなオリジナルのアイコンにならなくちゃヒーローとして立てない」

リツはくすりと笑う。
「ま、パパの受け売りなんだけどね。
その〇〇の部分にイワンのヒーローネームが入るような、そんなインパクトとキャラクターを作り上げなくちゃ」

「ど、どういうこと?」

「イワンはオリエンタルのニホン文化が好きでしょう。
あとは忍者だっけ」

「う、うん」

「パーティーの後、ここの生徒や企業の人がニホンの何かを見た時に、『ああ、あの時のイワンくんみたいだな』って思い出すようにすり込むってことよ」

「え?」

リツは自信満々に言い切った。

「そ、それってどういうこと……?」
「大丈夫、その筋の人に頼んだらなんかめっちゃ気合入ってたし」
「ええっ?」
「んふふ。 センスは確かな人だし、楽しみにしてて」

(とてつもなく奇抜で派手だったらどうしよう)
そんな思いが顔に出ていたのか、リツはイワンを安心させるようにぽんと肩をたたき笑みを作った。

「心配しなくても、ヒーローアカデミーのパーティーの衣装はみんな派手だから大丈夫。」
「え」
「私、入学前に見たことあるんだよね、アカデミーのパーティー。
ちなみにヒーローTVのスタッフも来るよ。
めぼしい生徒は撮影しておいて、デビューしたら使おうって魂胆らしい」

(初耳だ……)
どうしてリツはこんなに詳しいのだろう。

「さ、練習再開! 今度は男性パートだから右足を下げてワン、だよ」

リツは不思議そうにしているイワンの手を引っ張り立たせた。

「さっきまで私がしていたように右手を私の腰に当てて。
左手は肩を上げないように。肘は下がらないように。私の腕を押し上げるようにキープ。そう、背筋伸ばして、もう!私の目を見るの!」

(む、無理だっ)

さっきは見上げていて少し距離があった。けれども今は身長は同じくらいで、
(か、顔近い!)

昨日も同じく踊ったというのに、リツの着替えやドレス姿を見てからというもの、どうも自分がおかしくなっているようにイワンは感じた。

「ほら、腰の手はただ添えるんじゃなくて引き寄せるように。 方向とかリードしてくれないと踊りづらいの」

ぴと、と腰から上半身までを密着させる。
「っ!」

(本番はリツはドレスで、この距離で、た、た、谷間……が見えるだよね……?)

ふ、とリツのジャージが消え胸元が見えた、気がした。
(げ、幻覚だ! まぼろし! まぼろし!)

「イワン?」

目をぎゅっと瞑り、天井を仰ぐ。

(おちつけ、おちつけ!)

けれども、脳裏にチラつくのはリツの部屋での着替えている姿だったりと余計に悪化してしまった。

ずくり、とイワンの中でやましい気持ちが疼いた。

(やばい!)

イワンはリツの肩をつかんで体を引き離した。

「イワン?」
「ご、ごめんっ! ちょっと休憩! トイレ行ってくる!」

イワンは教室を出て廊下を走る。

置いていかれたリツはぱちぱちとまばたきをして、手近な椅子をひいて座った。
(へんなの)

ため息をついて机に突っ伏す。
ちょっと強引に物事を進めすぎたかな、と考えるもクリスマスイブ・ダンスパーティーまで時間が無く、仕方ないと結論づけた。

「せめて早く誘ってくれればいいのに。 イワンのばーか」

イワンのために、リツは何人もの男の誘いを断った。
(あー、休暇明けが怖いな)

再びリツはため息をつき、イワンの出ていった扉をしばらく見つめていた。



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