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▼ 3 僕の能力と、君の能力と

「イワン! 実家から取ってきたんだけど着てみて!」
「ちょっ! 女子寮には男は入っちゃダメなんだよっ」
「同室の子は帰ったからノープロブレム」
「寮則に違反してるよっ!」

深夜までダンスの練習をした次の日。
午前で今年の授業は終了、各々待っていましたとばかりにまとめていた荷物を持ちアカデミーを去っていった。

人の少なくなった女子寮の自分の部屋にイワンを引っ張り込んだ。

「だって男子は結構残ってるじゃない。 私が男子寮に行ったら目立つし。 よし、イワン私に今すぐ擬態して」

イワンは触れたモノに擬態できるネクストだ。
ヒト、動植物、命を持たないプラスチックの塊の姿にもなれる。

「こ、これでいい……?」
「……私はそんなにおどおどしてない」
「……どうすればいいのさ」
「しゃっきり背筋を伸ばして! 胸を張る! 」
ばし、と背を叩けばリツの姿のイワンはよろめいた。

「いい? 今から何があっても擬態を保ってね、イワン」

リツの目に灯った怪しい光がイワンは不安でしかたがなかった。












結果から言えば、イワンの不安は的中した。

リツはリツに擬態したイワンの洋服をはぎとろうとしたのである。

「リツちょっ!これ以上はっ!」
「わあー……これは複雑。下着までコピーされてるよ」
「うわあああああっうぐっ!」
「静かにしてよバカ!」

リツの手を抑えようとすれば乱れた着衣と、襟元から覗く膨らみと女性の下着。

慌てて顔を背ければ、そこには姿見があり、まくれ上がったスカートと、ストッキングが目に入った。

「おとなしくしなさいよ。それともイワンひとりで補正下着とドレス着れるの?」
「……そ、それならリツが着て僕がそのまま擬態したらいいんじゃ」

ぴた、とリツの動きが止まった。

「その手があったか」

なるほど、とリツは納得し、手を離した。
「じゃあ着替えるから手伝って」
安堵のため息をついたのもつかの間、
リツはイワンの目の前でぷちりぷちりとブラウスのボタンを外してゆく。

「わああああっ! ぼ、僕廊下に出てるから!」
「何言ってんの。 私に擬態したんだから今更同じ体を見たところで別に差し支えないでしょうが」
「無理無理無理! リツは女の子なんだよ!?」
「イワンも今は女の子でしょ。
普段からそれくらい声だしなよ。 でも今は静かにして」
「うう……」

イワンが男であることを全く警戒せずあっさりとリツは服を脱ぐ。
イワンは回れ右をして壁に額をつけさらに目を瞑るが衣擦れの音が聞こえる度にざわざわと落ち着かない胸を誤魔化すように唇を噛む力を強めた。

「計画変更する。
イワン、今から話すことは誰にも言わないでね。もちろんエドワードにも」

「エドワードにも?」
「そう」
ぱち、ぱち、と何か金具を留めるような音がする。
「エドワードもイワンも……二人ともヒーローになれたらいいなって思ってる」

しゅるり、と布が擦れる音がした。

「けど、毎年新しいヒーローが加わったらあちこちヒーローだらけだから。
だからヒーローを目指す他人はライバル。
エドワードだけじゃない、先輩方が企業のハートを射止めたなら私たちはただ卒業して普通に就職するだけの一般人になる。
エドワードも、先輩も押しのけるくらいの覚悟がなきゃ」

覚悟。
ヒーローになりたいとずっと思ってきた。
ネクスト能力があってヒーローを志す意気があれば入学できるこのアカデミーに入り、他のネクストを間近で見ていかに自分が思い上がっていたのか思い知らされた。


「女のパートを完璧にしたら、男のパートも覚えてもらうよ。
練習内容喋ったらイワンそのままでドレス着てもらうからね」

ぽん、と肩に手が置かれイワンは振り向いた。

「……」
ドレス姿のリツに思わず目を見張る。

「ほら、早く擬態しなさい。今日はこの格好で踊ってもらうんだから」

に、と笑い、そして開かれた唇から紡がれた言葉はイワンの想像を超えていた。

「ーー」

「本気なの?」

「ーーこの作戦にまあ……少し肉付けしてもっとインパクト大きくして、会場の空気を食う。
企業スポンサーの視線は私たちがいただく!!」

「そ、そんなこと……協力してくれる人いるの?」
「まかせて。 必ず間に合わせるよ。だからイワンはまずダンスを踊れるようにね」

さあ、と差し出された手を握り、イワンはもう一度擬態する。
リツは頭のてっぺんからつま先まで擬態したイワンの体をチェックし満足そうにうなづいた。

「うん、まあメイクもセットもしてないけどいっか」

「今日はこれで練習するの?」
「もちろん。 ヒールに慣れて貰いたいし、ドレスの足さばきも、裾の翻し方も研究したいし」

そういってリツはいそいそとドレスを脱ぎ始めた。
「!」

今度は何も言わずすぐさまイワンは壁に向き直る。

「衣装もヘアセットもまかせて。 イワンはダンスに集中すればいいから」

「あ、ありがとう、リツ」

衣擦れの音が止んだ。

「どういたしまして、レディ」
「ーーえ?」

リツのものではない低い声。

「どうしましたレディ。 さ、教室に戻って私と踊りましょう」

振り向けば、そこにはリツの姿はなく、代わりに見慣れた白いジャージを着た男が立っていた。


「ど、どういうこと……? リツは子供になるネクストじゃないの……?」

に、と男は笑う。
笑った顔にはリツの面影が残っていて、やはりこの男はリツ本人なのだと分かる。

「だからヒミツ。 私のネクストはねぇ、『血のつながった人に擬態できる能力』なの」

「!」

「私はもう就職先が決まっているから、友人に本当の能力を明かすことはしない。 イワンは特別、ってわけ」

「じゃ、じゃあその姿は」
「ふふ、私の姿のイワンと踊るのに私が私のまんまじゃネタバレしてるからね」
「え?」

リツはイワンの腰に手を回しエスコートするようにそっと押した。

「さ、ドアから出たらイワンは私。 完璧に演じてよ?」
「えっ? ちょっとまって!!」

イワンの静止の声を無視してリツはドアを開けた。
「リツっ」
しー、とリツはイワンの唇に人差し指を置いた。

「私のことはイワンって呼んで」
「え……?」
「これはイワンの擬態の姿って事にしておくの」

「そんな……無理だよ…」
「やれ」
「……はい」

薄ら笑いを浮かべつつも目が全く笑っていないリツにNOと言える勇気があるはずもなく、
イワンがピンと背筋を伸ばして教室にたどり着いた頃には、精神的にも、背中の筋肉も疲労で倒れてしまいそうだった。



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