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▼ 2 肩車を望む君と、パートナーを望む僕

「いい? 立つよ」
「わっと、と……さすがイワン! もーちょい近づいて」

肩にリツを乗せ立ち上がれば、ぐらりと一瞬リツが重心を保てずふらついた。が、すぐに立て直し膝を抑えてバランスをとる。

言われた通りもみの木に近づけば頬を硬い葉が刺す。
リツはイワンの頭に片手を手をついてもみの木に飾りをつけてゆく。

「よし、あとは下の方だから上はおっけー……ふひひっ」

怪しげにリツが笑う。

「……リツ?」
「イワンの髪触り心地いいね素晴らしい!!」
「ちょっ!? な、なにして!?」

がばりと肩車のままリツはイワンの頭を抱え込んだ。抱きついたという方が正しいかもしれない。

「ふわさら! 羨ましい!! 髪細ーい! 」

ふわふわ、さらさら、と繰り返しながら撫で回すリツにイワンは慌てふためき、ついにバランスを崩した。

「うおっ!?」

後ろにぐらりと傾き、イワンからリツの手が、腰が離れたーー瞬間。

「リツ!!」

イワンは身を翻し頭から落ちそうになったリツの腕をつかみ引き寄せた。

どすん、と重い音を立て、ふたりは地面に倒れた。

「い、イワン……?」
「リツ、大丈夫?」
「わ、私は平気。 あ、ありがと……」

リツはイワンを押しつぶすように覆いかぶさっていた。
イワンの上から退こうと体を起こすが、

「イワン、離して……」
「ごっごめん!!」

リツの腰と背に回された手には力がこもったままで。
無意識に離すまいと抱きしめていたイワンの頬に朱が差す。
慌てて手を離し、離した手をどこにやろうかと宙をさまよわせているうちに、見ないようにしていたリツの顔が視界に入った。

いつも笑っているか、良からぬことを思いついてにやついているか。もしくはイワンがいらつかせてしまって遅い、だとか声が小さい、と怒っているか。
感情としては両極端なリツの表情だが、

(初めて見た……)


今にもこぼれそうなほど目に涙の膜が張っていた。

「ごめん、怪我してない? 」
「だっ、大丈夫! ほんとになんともないからっ」
「怪我させて後遺症とかになったら……ごめん、私がふざけたから……」
「そんな深刻な事ないからっ! その、どこも痛くないし、」
「痛むからしがみついてたんじゃないの……?」
「それはっ……その……」

なんと説明すべきか。
無意識に離すまいと抱き締めてしまっただけで。


「おーい! なんだ、まだ終わってないのかよ」

「「!」」

エドワードの声に二人はぱっと離れた。
リツは、ぐし、とジャージの袖で目元を拭うとエドワードに向き直る。

「エドワード! 暇なら飾り付け手伝って」
「しょうがないな。 飾るヤツくれ」

アクリル製の透明な雫や雪の結晶を飾り付けてゆく。

「そうだ、リツのこと探してたんだよ」
「ん、なんか用?」
「クリスマスイブのアレ、一緒に出てくんね?」

イワンはドクリと、心臓が脈打つ感覚に一瞬手が止まる。

「えー? エドワードはジニーとペアじゃないの?」
「いろいろあって今朝解消されちまった」
「うわ……なにやらかしたの?」

(もっと早く誘えば良かった)

エドワードの頼みならリツはきっと承諾するだろう。

絶望とも言える感情にみるみると心が埋め尽くされてゆく。
リツがエドワードとクリスマスイブ・ダンスパーティーに出る。
エドワードの隣にはドレスアップしたリツがいて、二人で踊って。

(僕なんかがリツといるよりよっぽどお似合いかもしれない……)

「エドワードの頼みなら協力したいんだけどさ、ごめん先約があるんだよね」

今度はガン!と鈍器で殴られたような衝撃を感じた。
(先約!? 帰るんじゃなかったの!? )

「え、マジ?」
「うん。 イワンと出るんだー」

「!」
思ってもいなかった言葉にイワンの肩が跳ねた。

「んだよ、明日帰るっつってたからてっきり」
「予定変更!」
「はー……じゃあ誰かほかのヤツ捜さねーと」
「サンドラがマークとペア解消してフリーらしいよ」
「まじか! ちょっと今からいってくる!!」

「いってらっしゃーい」

リツは笑顔でエドワードを見送った。

エドワードの姿が見えなくなるとリツはイワンの肩に手を置き、ニッコリと、それはもうニッコリと微笑み言った。


「そういうわけだからイワン、今夜からダンスの練習するよ」











夕食と入浴を済ませ、あとは消灯まで自由時間。
そんな時間にリツはイワンを校舎の空き教室に呼び出した。

リツには一つの思惑があった。


「いい? 私のほんの少し右側……イワンから見て左にいるように意識するの。
左手は私の肩に乗せて、手首から下も私の腕にのせるの。力んで浮かせたりしないようにね
右手は軽く私の親指を握るような形で手をつなぐの。下から支えるから完全に乗せちゃって」

「ね、ねぇ、なんで僕が女の子のパートなの」

「あのねぇイワン、ヘリペリデスファイナンスとタイタンインダストリーにアピールするチャンスなんだよ。
普通にドレスアップして踊ってニコニコご挨拶アピールタイム、なんて平和ボケも甚だしい」

まずは基本の形とステップから、とリツはイワンの手を導いた。

「一年生でヒーローの有力候補はどう見てもエドワード。 ネクスト能力面でも身体能力面でも申し分ない。
だけどねイワン、私はイワンのこと応援してるの」
「僕はきっとヒーローなんかなれな「シャーラップ!!」

電気の消えた、月明かりが差し込む教室にリツの声が響いた。

「だから意外性で攻めるの。 勇気リンリン100パーセントのハツラツヒーローは確かにカッコイイ。
けど、そんなヒーロー今までに何人もいたじゃない。
ハイもう少し胸を張る。猫背禁止! 胸が私の胸にくっつくくらい近づいて」
「ち、近いよリツ……」
「当たり前でしょダンスなんだから。
……インパクトは大切だよ。今年も、来年もイワンのクリスマスイブ・パーティーをプロデュースするから。
イワンにちゃんとしたパートナーができたら、その時はそれも込みで、ね」

に、とリツは笑う。
(ほかのパートナーなんていらないのに)
暗に他に彼女をつくれと言われているような気がして、膨らみかけたイワンのやる気と気持ちはみるみるしぼんでゆく。

「ほらしゃんと背筋を伸ばす! 定規背中に入れられたいの?
ワンで左足つま先から踏み出して、ツーで右足を斜め右に少し下げる、かかと意識して。
スリーで左足先を外に向けるようにしながら引く、ほんの少し遅れるかほぼ同時に右足も方向転換しながらワンでその右足を前に出す」
「えっ ええっ!?」
「ツーで左足のかかとから内側に入れるように、スリーで体を」

「ま、待ってよ!」

「私が男子パートだからイワンの体を支えて方向とかはリードするから、とりあえず基本のワルツのステップを完璧に」
「リツの足踏みそう……」
「むしろ踏んでやるって勢いで来ればいいよ。 全力で避けるから大丈夫。」

「……」

この女子のなんと男前なことか。

「女子パートは踏み出すことから始まるから、相手の足を踏むくらい問題ないよ。
それに、本番はイワンはヒールのある靴を履くんだから。踏み砕かれてもいいように鉄板仕込んだ靴を用意しておくからご心配なく」

手を取り合って、胸がくっつくくらい近づいて、それこそ顔も吐息がかかるくらいの距離で。
そんな距離で微笑まれたら……

イワンの頬に熱が集まる。

「さ、あまり日にちないから、今日はターンも覚えてもらうよ。 ほらうつむかない! アイコンタクトも必要なんだから目は合わせたまま!」

「!」

(僕の顔、どうなってるんだろう……)

恥ずかしくて、照れくさくて、表情がわからなくなるくらい教室が暗ければいいのに、とイワンは必死にステップを頭の中で繰り返しカウントしながら深夜まで踊り続けた。



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