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▼ 1 イワンの憂鬱ともみの木

先にこちらの
花に嵐を喩えよう
24話まで読んでからの方がお楽しみいただけると思います。

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イワン・カレリンは憂鬱だった。
12月、寒さも深まり紅葉も枯葉と成り果てたこの季節、アカデミーの中はクリスマス一色だった。
ただクリスマスの装飾が施されているだけならいい。
けれども『クリスマスイブ・ダンスパーティー』と題されたイベントが迫っている。
どう考えても自分に不似合いなイベントをどう回避しようか悩んでいた。

冬休み中に行われるそれは実家に帰省しない生徒は強制参加のイベントで、
しかし冬休みという言葉をまに受けて本当に休むとヒーロー査定に響くというのだから実家に戻らず寮に残る生徒は多い。

スポンサー企業との面談やアピールできる機会が増えるこの冬休み中にしっかり休むのはヒーローを目指さず一般企業に就職を目標とするものたちだけだ。

なにより『クリスマスイブ・ダンスパーティー』には七大企業のうちヒーロー事業に新たに進出するヘリペリデスファイナンスと、ヒーローの引退によりタイタンインダストリーの人も来るという。
なるべくならば参加して少しでも印象に残れたら。
そこまで考えてイワンはため息をついた。

「……リツはきっと帰っちゃうよね」

唯一関わりのあるクラスメイトの女子はヒーローを目指していない。

『クリスマスイブ・ダンスパーティー』には必ずパートナーがいなくてはいけない。
男女ともにドレスアップをして、必ず一曲は踊らなくてはならないなんてひどいイベントもあったものだ。

イワン・カレリンの現在の交友関係はクラスメイトのリツとエドワードのみだ。

そもそもダンスなんて踊れない。
放課後にダンスレッスンがホールで行われているが、レッスンにもパートナーが必要なので参加出来ない。
けれどもしっかりと冬休みを満喫してヒーロー査定に響くのだけは嫌だ。

こんなイベントを企画したスチューデントコンシルはきっとリア充でパートナーに困る人のことなんて考えていないに違いない。

明日から冬休みに入る。リツに声をかけるなら今日が最後のチャンスだ。











「遅い!」

リツをパートナーに誘うべく探し出そうとしているところに本人からケータイで呼び出された。
今すぐ職員玄関に来て、と言われ急いで向かえば、もみの木を相手に悪戦苦闘するリツがいた。
「ちょっとイワン助けて! 重くて運べなくて」
「どうしたの、これ」
「ツリー追加。 さっきまでスチューデントコンシルのコもいたんだけど、木にミノムシがいてさ、
叫びながら能力暴走させてなんか汁まみれになりながら走って行った」

「リツはスチューデントコンシルじゃないよね?」
「うん。 でもメンバーがインフルエンザになっちゃって人手が足りないんだって。 明日には帰るけどギリギリまで手伝うことにしたの」

(やっぱり明日帰るんだ……)

スチューデントコンシルの手伝いならばもしかしたら帰らないのではないか、と淡い希望を抱いたが、コンマ2秒でその希望は打ち砕かれた。

「イワンは残るんだよね?」
「うん……パーティー出たくないから帰りたい、けど……これどこに運ぶの?」
よいせ、とイワンはもみの木の幹に手をかける。

「中庭。飾り付けも手伝ってね」
「……うん」

二人きり。
帰らないで、一緒に参加して欲しいと伝えるのは今がチャンスだ。




中庭に運び、用意された土台に立てて固定をする。
キラキラと輝く飾りが無造作に収められた紙袋をこれまた雑にひっくり返し、リツは枯れ気味の芝生の上で選別している。

「イワンはさ、ヒーローになりたいんだよね」
「そうだよ。 でもきっと無理だ 」
「エドがいるから?」
「……」

エドワードがいるから。
自分はヒーロー向きのネクストじゃないから。

「じゃあ冬休み帰ればいいじゃん」
「……そうだよね」

エドワードはきっとヒーローになる。
能力も申し分ないし、溌剌として友人も多く芯のしっかりした人柄。
ヒーローに会ったことは無いけれど、きっとヒーローになれる人はエドワードのような人なんだろうな、とイワンはため息を飲み込んだ。

「ねえイワン、上届く?」

俯いて鬱々と考えていた所にリツの声で我に返った。
見れば、リツは両手に大きなリボンと星を持っていた。

「ツリー立てる前につければよかったんだけどさ、アハハ……土台のセメント固まってきてるんだよね……」

イワンはもみの木を見上げた。もみの木のてっぺんまで約2メートル30センチ。

「脚立借りてこようか……」
「それがさ、全部貸出中だったんだよねー。あちこちで飾り付けしてるから」

星飾りを矯めつ眇めつリツはベンチに腰を下ろした。
「あのさ、イワンは誰か誘ったの?」
「え、なにが?」
「パーティー。 パートナーいなきゃダメじゃん」
「……僕が誰かを誘うなんて……無理だよ」

(そんなのリツが、一番知ってるくせに。)
イワンは泣きたくなった。
いつも目が合えば先に笑いかけてくれて、声をかけてくれて。
リツから先になにか行動を起こしてくれなければ、声もかけられない。
自分からなにか行動を起こすのが苦手な性分だとリツが知らないはずがない。

「ふーん、そう」
「……」

リツは今どんな顔をしているのだろう。
『じゃあ私と組もっか』
そう言ってくれることを期待して、その浅ましい自分が期待の目を向けることに罪悪感を覚えリツの顔なんてとてもじゃないが見ることは出来なかった。

「あ、そうだ、肩車してよ」

肩車。
期待していた言葉ではなかった。

「か、肩車……?」
「そう。 イワンが私を肩車してくれたらてっぺん届くわ。 うん、私天才!」



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