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朝、リツは会社に休むと連絡を入れた。風邪をひいたと嘘をついた。
社会人としてどうなんだろうとも思ったが、特に広報などの仕事も入っていないし、急ぎの仕事もないので平気だろうと思うことにした。
事件があれば死ぬ気で頑張ります、と一応やる気を伝えておいたが。
悲しきかな、ジャパニーズ社畜精神
「送ってく」
「いや、虎徹さん仕事は」
「いーのいーの。おじさん普段大した仕事してないから。大事な仕事はキッチリするけど!」
朝ごはんに特製のチャーハンをたべ、虎徹の部屋を後にした。
ブロンズからシルバーへと上がる。
インターから車で10分ほどでリツの住むマンションだ。
「あ、ここで大丈夫です。ありがとうございました」
「なんかあったら連絡してこいよ。おじさん、話ぐらいは聞けるから」
ぺこりとお辞儀をしてリツはマンションの中に入った。
ケータイには新しく鏑木T虎徹個人の番号が登録された。
キースには昨日メールを入れたし、おそらくもう部屋にはいないだろうとリツは鍵を開けてノブに手をかけた。
「!」
中から足音がした。とっさに後ずさるけれども遅かった。勢いよく開かれたドアの向こうにキースがいた。
腕をつかまれ中に引きずり込まれる。
「やっ!離してキー「心配した」
キースは腕の中にリツを閉じ込めた。
両手を構え、ばっと護身術のように振りほどこうとしたがびくともしない。純然たる男女差の筋肉にはかなわなかった。
「電話にも出ないし、メールも返事がない。どれだけ心配したと思ってるんだい」
キースの声が、腕が震えていた。
静かに話すキースにリツは抵抗をやめた。
「なのにホテルに泊まるとか」
「ごめん」
「その後も電話はつながらないし」
「ごめん」
スンっと彼の鼻が鳴る。
「……………………」
「リツ」
切なげな声に悪い事をしてしまったとじくりと胸が痛んだ。
「……リツ」
「キース、ごめんなさ「愛してる」
ひゅっと息が詰まった。
「キース、待って」
「好きなんだ、リツ。私の前からいなくならないで「キース!!」
必死で身をよじり、彼の胸を突き飛ばす。
「私を拒絶しないでくれ」
「私を拒絶したのはキースでしょう!」
(落ち着け私。なんのために一晩彼から逃げたの)
流しきってすっきりしたはずの涙がまた、溢れてきた。
「リツ、リツ愛してるリツ」
「やだ……そんな事言わないでキース」
一度流れてしまえば、もう止まることなく頬を濡らした。
今度は優しくキースがリツを包み込んだ。
縋ってしまいたい。自分も好きだと縋ってしまいたかった。
リツの髪をかきあげ、こめかみに彼の唇が当てられた。
「愛してる」
けれど、本当に彼は「愛している」のだろうか。
男女の愛ではなく、すり込みの愛。
一度呈された疑問はどす黒い渦となってリツを疑心暗鬼にさせた。
すり込みの愛に縋って、やはり違った、と突き放されたら、今度こそ正気ではいられない。
「リツ……また一緒に暮らそう」
キースの囁きが、覚悟を決めたはずのリツの胸をえぐった。
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