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『ボンジュール、ヒーロー』






アニエスからの通信に急いで駆けつければ黒いワンボックスが一般道を暴走していた。

『犯人は二人、約八千万シュテルンドルを積んでいるわ』


民間の警備会社が各店舗より回収した売上を輸送中に車ごと強奪されたらしい。

『銃を所持しているわ。気をつけて。じゃ、本番行くわよ』

のっぺりとした闇のかたまりのような黒馬を操り、上空から様子を見る。

今回の中継は到着順に、まずいつも現場一番乗りのスカイハイ、そしてダブルチェイサーで登場するバーナビー・ブルックスJr.を映し、
ちらりとワイルドタイガーが映ってから
やや長めにブルーローズを映しもう一度スカイハイと今度はステルスリッターのツーショット、と聞いていたのだが。

「はやっ」

スカイハイははるか彼方だ。
生放送では数秒のズレでうまくいかなくなる。
リツは仕方なく一人で小型無人飛行カメラに向かってそれらしいポーズを取り、勢いよく黒馬を走らせた。

なんとか追いつくと、下では輸送車の前に回り込んだロックバイソンが仁王立ちしている。

が、あっさり車はロックバイソンをよけてしまった。
ギリギリでつかんだのか、ちぎれたミラーがロックバイソンの手の中にあった。


ステルスリッターは急降下し、振り落とされないよう膝と太ももに力を入れて手綱を離した。

腰の剣に手を伸ばす。
刀身のない柄だけの剣をもったいぶりながら抜き、刃の部分を影で作り出し纏わせ車のタイヤを狙う。

犯人は接近するステルスリッターに気づき発砲するが銃弾は黒馬の体をすり抜けた。

そのまま黒馬は、ぬっ、と路面にくいこみ黒い騎士の体が地面に掠る。


一閃


車のタイヤを切った。

輸送車は蛇行し、火花をちらしながら横転して止まった。

一人が車から飛び出し走って逃げるもブルーローズの氷に足元を縫い止められ拘束された。

運転席の犯人は割れた窓からだらりと力なく手がたれている。

(ーー意識がないのか、それとも)


ステルスリッターはドアを力任せにこじ開けようとするが、女の力ではゆがんだドアを開けられなかった。

こういう時バーナビーやワイルドタイガーのような関節機構のあるスーツやパワー系の能力が羨ましい。
それかロックバイソンのように筋肉モリモリで……そこまで考えてかぶりを振る。

筋肉は欲しいがボディビルダーのような筋肉はちょっと嫌だ。

「リッターさん、僕が」

ステルスリッターが後ろを見ればバーナビーがいた。
頷き半歩ズレて場所を開ける。
彼は難なくドアをもぎ取り、犯人を引きずり出した。

うめき声が聞こえたので生きているようだった。

「ありがとう、バーナビーブルックスJr.」

「いえ」

カメラが近くに寄ってきたのを確認すると、彼はヘルメットのシールドを開け完璧なスマイルを作った。












「おつかれー!」

パオリンの笑顔が眩しい。

彼女は軽々と道路の防音塀を乗り越えトランスポーターに消えていった。

ネクスト能力を使った後は疲労が激しい。
大したネクストではないが、日のない夜にあの黒馬を創り出すのは地味に精神力を削られるのだ。

ステルスリッターのネクスト能力はスカイハイのように飛べるわけでもないし、ブルーローズやアポロンメディアの二人組の様にバイクを運転できるわけでもない。

影で移動手段を作っては、とデビュー前の会議で提案すれば、
騎士といったら馬でしょう!
とヒーローコンセプトを決める時に言われてしまったので今更変更もできない。


トランスポーターに戻ろうかと連絡をすれば渋滞にはまっているとの返事が返ってきた。
長距離の移動はもう体力が残っていないので、休憩しようと近くのトレーニングセンターに寄れば既にそこには何故かほかのヒーローが勢ぞろいしていた。

「お疲れ様です」

ヘルメットの変声器を通して応える。

ガチャガチャと装飾を外し、多少身軽になった状態で床に倒れ込む。
「だっ! 大丈夫かよ!?」
「体力不足は……今後の課題です……」
重たい。体型を偽装するためのあれこれがずっしりと筋肉をいじめる。


「たいへんね、コレ」

素顔のブルーローズがステルスリッターのヘルメットをつついた。

「まあ、CEOのお言葉は絶対ですから」

「手袋も外さないの?」

「コレもですねぇ」
黒い手袋をはめたままグーパーしてみる。

手は男女差がよくわかる。
絶対に正体を明かすな、性別も悟られるなと上から言われた以上大人しく忠犬でいるしかない。

ふうん、とブルーローズはドリンクを飲む。

「いつもスーツ重そうよね」

「重いです。10キロくらいありますよ。これでも先日軽量化してもらったんですが……」

「だっーー10キロォ?!米袋一つ分かよ!ぜってー無理!」
ワイルドタイガーは大袈裟に驚いて見せた。
ワイルドタイガーのヒーロースーツも同じくらいの重量がありそうだが、装着者の反応を見る限り軽量化されているのだろうか、とリツはヘルメットの映像越しにワイルドタイガーを見る。
だとしたら羨ましい限りだ。

「光沢のない黒づくめなので夜は目立つようにと装飾が金属で」

ステルスの名を完全無視されている。
本当は体格補正が一番重たいのだが、流石に言えない。不便だな、とリツはため息をつきたくなった。

「ねえ、ステルスリッターは何歳なの?」
あちこちペタペタと物珍しそうにブルーローズとドラゴンキッドがヒーロースーツの装飾やらヘルメットやらを触っている。

「あー、えーっと、ドラゴンキッドよりは年上で、ワイルドタイガーさんよりは下」

「参考にならないじゃない」

「会社の都合上ちょっと……うーん、ブルーローズや折紙サイクロンあたりと年が近いかなあ……たぶん。これはオフレコで。」

「じゃあ指輪のサイズは?」

「9号以上15号以下です」


「じゃあ……」
次の質問を何にしようかと顎に指を当てているブルーローズの言葉尻をファイヤーエンブレムがとらえた。
「カノジョはいるのかしらぁ〜」

目を輝かせてずずいと迫ってくるファイヤーエンブレムに思わず身を起こして後ろに下がる。が、ソファの背もたれがあり逃げ場はない。

「それとも、ダーリン?」

ネイサンは口をすぼめ、期待を込めてリツを見つめる。
セクシーすぎる唇に正直逃げだしたかった。

「ど、どちらもいませんよ、僕は独り身です」

とりあえず無難に答える。

「じゃあ〜そうね、騎士様のタイプはどんなコなのかしら」

「あ、えーと、そうですねぇ……笑顔が素敵な」

「無難な答えで濁すんじゃないわよぉ〜?」

急にドスの効いた声になる。

リツ慌てて助けを求めてキースを見るが、ひたすらパンチングに勤しんでいた。

他に助けてくれる人はいないかと見回すも皆一様にこちらを注視していた。

「……き、金髪の方とかつい見てしまいますね」

目がいくだけ。そう、日本じゃ天然のブロンドはそうそうお目にかかれない。

キースが渾身の一撃をたたき出したようで、轟音と共にエラーの電子音が聞こえた。


「あらぁ〜ん?そういうのがお好み?バーナビーと折紙サイクロン、どっちかしらっ」

「あ、いやそういう意味ではなくてっ」

折紙サイクロンを見れば頬を染めていて、ものすごく謝りたくなった。

バーナビーを見れば目を見開いて固まっていてそれをワイルドタイガーがからかうと折紙サイクロン同様頬に赤みが差した。

(ちょっと待ってバーナビーブルックスJr.
あなた女の子にモテモテだしちょっと、え!?)

だれも助けてくれないまま、本日二度目の招集がかかり、受け答えの少しおかしいスカイハイと共に出動した。

が、スカイハイは壁に激突したり、ロックバイソンを突風に巻き込んだりとスカイハイは絶不調な結果に終わってしまった。
もっとも、ステルスリッターもヘロヘロで似たような結果だった。




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