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「あれ? 今日もステルスリッターは来ないの?」
いつもより遅くトレーニングセンターに入ったキースにブルーローズが声をかける。
リツはヒーローデビュー前にヒーロースーツ姿で挨拶に来たのみで、その後は一度もトレーニングセンターには来ていない。
「やあ、ブルーローズ君! リッター君はスーツの調整があって来れないよ。そして今日私は一人だ」
「じゃあ明日は?」
ブルーローズの言葉になんと答えるべきか考える。
リッター君の中身のことは機密事項だ。
「ボク、素顔のリッターさんに会ってみたいなぁ。ボクたちにも顔ヒミツだよね、リッターさん」
「アタシたちにくらい見せてくれてもいいのに〜。ハンサムなのかしらっ」
ドラゴンキッドとファイヤーエンブレムも話に混ざる。
性別を偽っているので来れないのは仕方がない。顔云々以前の問題なのだ。
「あ、あー、そうだね、リッター君は謎だ!そして謎だらけだ!」
「んだよ、キースも知らねえの?リッターの顔」
ワイルドタイガーが自らのアイパッチを弄びながら尋ねる。
自身も顔を公開していないヒーローだ。そのうちアイパッチをつければ解決、なんて言い出すかもしれない。
「私は知っているとも!」
得意げに言い放ってからキースは慌てて口もとを覆う。
まずい。
ここは知らないというべきだった。
一緒に住んでいたこともある気安さからつい口が滑ってしまった。
「ねえ、ステルスリッターってどんな感じなの?年は?」
「あ、いや私からは何も……」
「いいじゃねーか、教えろよ」
「いや、だから……私は」
「ステルスリッターって初期のバーナビーよりは会話してくれるけど、自分のことは全然言わないんだもん。スカイハイにしか聞けないじゃない」
皆に詰め寄られじっとりと嫌な汗がにじむ。ヒーローに追い詰められた犯人もこんな気持ちなのだろうかとキースはどう切り抜けようかと視線をさ迷わせる。
「た、助けてくれバーナビー君!」
「は……?」
ちょうど入って来たバーナビー・ブルックスJr.を盾にした。
「みんなが私をいじめる!」
「はぁ?」
盾にされたバーナビーは状況がつかめず視線でワイルドタイガーに助けを求めた。が、彼はニタニタと笑うだけで何も教えない。
「ハンサムも気になるわよねぇ〜。ステルスリッターのす・が・お」
ファイヤーエンブレムがスルリとバーナビーにすり寄る。
ぱちんとウインクが放たれるが、気にも留めず答えた。
「リッターさんの素顔ですか。気にはなりますけど、本人が隠したいのならあまりこちらがあれこれ言うのも……」
「顔だけじゃないよー!前に1回だけトレーニングセンターに来た時もヒーロースーツのまんまだったし、身長はスカイハイさんよりちょっと低いくらいだけど、歳もなにもかも他はぜーんぶ謎!」
「気になるよなあ?
あ、今度リッターの歓迎会しようぜ!」
「いいわねぇ〜!ハンサムの時はちょっとアレだったケド。飲み会ならきっとヘルメットも外すわよね。私服も見られちゃう!あ〜ん楽しみぃ〜!」
ファイヤーエンブレムはしなをつくり距離を詰めてくる。
「ステルスリッターのケータイ知ってるんでしょぉ?今すぐかけなさいよっ!」
ファイヤーエンブレムの言葉にブルーローズはやけに楽しそうだった。
どうするべきか。無理して作ったキースの笑顔がさらに引きつった。
*
『どどどどどどどうしようリツ!!』
キースからの電話に出てみれば酷く動揺している様子だった。
なんでもヒーロー間ですら素顔NGのステルスリッターの歓迎会をしてくれるというらしいのだ。
どうやら皆ステルスリッター素顔が気になるらしく、
ヒーロースーツ姿で参加して「ありがとう!そしてありがとう!」とスカイハイの真似をするだけでは終わらなそうだ。
リツは小さく息を吐いた。
「一応上に聞いてみるけど期待しないでね」
『ありがとうリツ!』
キースの電話を切りCEOの連絡先を液晶に表示させる。
数回の呼出音の後、どうした、と壮年の男性の声が聞こえた。
「実は……」
結局ヒーロー仲間への顔出しNGは覆ることなく、歓迎会の話は流れてしまった。
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