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「リッター君!よく来たね!そして早かったな!」
「お待たせしました。どんな感じですか」
空に浮いているスカイハイの横にピタリと馬を寄せた。
「見ての通り、火の勢いが凄まじい。私ではダメだ。ブルーローズがもうすぐ来るはずだ」
眼下には工場が激しく燃え盛り、小さな爆発が断続的に起こっていた。
「ニューイヤーのための花火を保管していたそうだ」
消防車が放水をしているが、焼け石に水といった感じだ。
「……周辺の避難は」
「済んでいるよ」
リッターはなにか出来ることはないかと周りを見るが、自分のネクスト能力では何もできそうにないな、と早々にあきらめる。
ワイルドタイガーやバーナビーブルックスJrのように劫火に耐えられるヒーロースーツではないし、
ブルーローズのように氷で火を鎮められるネクストでもない。
派手なトラックが到着した。
小型の無人飛行カメラがトラックの前へと回り込む。
「私の氷はちょっぴりコールド」
ブルーローズの決めゼリフとともにフリージングリキッドガンから氷が吹き出す。
あっという間に彼女の氷はこの小さな工場を包み込んだ。
火の勢いが落ち着いたのを見計らい、スカイハイと共に下に降りた。
「お疲れ様です、ブルーローズ」
「あらステルスリッター。今回は出番無しね」
「ええ。ポイントはゼロです。そのうちお説教されるかもしれません」
頬をかこうとしてマスクを叩いてしまう。
被り物の存在を忘れていた。
火が収まるのを確認して中に入ればパチパチと燃えカスからくすぶる音があちらこちらから聞こえてくる。
屋根はほとんど燃えていて、夜空が見えた。
「ひどいですね」
「稼働中じゃなかっただけましね。人が中にいたら確実に死んでるわ」
ブルーローズは顔だけのぞかせて中をキョロキョロと見ていた。
そしてこれ以上することがないと分かるとそのまま
じゃ、もう帰るわ、と言い残しまたあの派手なトラックに乗り込んで行ってしまった。
*
ヒーロースーツを脱ぎ、ため息をつく。
聞こえてしまったのかカーテン越しにキースが応えた。
「落ち込むことはないよ。誰にでも向き不向きはあるものだ。ネクストは特にね」
「色々と万能なブルーローズが羨ましい……」
消火してよし、華やかで良し、エスケープしてもよし。
能力は選べるものではないし、ヒーローになれるような能力だったことは喜ぶべきなのかもしれないが、もう少し万能なネクスト能力だったらな、といつも思うのだ。
「でも彼女はバイソン君などのように腕づくでどうこうするような場面には不向きだよ」
そうでしょうけれども。そう理解してもやはり無能さに悲しくなる。デビューしたてで未だに活躍と言える活躍はしていない。
「それとも、リツはブルーローズのような衣装が良かったのかい?」
それはない。
私服に着替え、カーテンを開ける。
「私が女だってことはキースとポセイドンラインのヒーロー事業部の人とヒーローTVの人にしか知られちゃいけないから。
それに露出系はちょっと……」
キースがぐしゃぐしゃと飼い犬にするようにリツの頭をなで回した。
「肌を出さなくても、色々あるさ。無理に私に合わせず断っても良かったと思うよ?」
手をどけようとしないキースに目で抗議を示す。
ヒーロースーツを脱いでしまえば本来のリツ・ニノミヤのサイズ。
上にキースの顔があるので見上げる形になってしまう。
「キースが白で、私は黒い騎士。セットの方が見栄えするって……」
「ワイルド君やバーナビー君たちがコンビで注目を集めたからね。うちもそれに乗っかろうというだけさ
気にすることはない!そして気にしない方がいい!」
キースの笑顔につられてリツも笑顔になる。
「ありがと、キース」
キースに家まで送ってもらい、また明日、と別れた。
一人になったとたん、しんと静まり返った部屋に急に寂しさがこみ上げてくる。
伽藍とした部屋。
この部屋はキースと一緒に選んだ。
この世界のことを何も知らないリツの世話をよく焼いてくれる彼に、リツは感謝してもしきれない。
今は同じポセイドンラインのヒーローだから、前は拾ったよしみで何かしら用事を見つけて一緒にいてくれるのだ。
部屋を選んで、家具を選んで、細々としたものを買いに行ったり。
ジョンの散歩もたまに一緒に行くし、リツ自身キースと一緒にいるのはとても楽しい。
「一人はやだなー」
この後彼はジョンの散歩をするのだろうか。
なんとはなし窓から外をちらりと見やる。
「!」
少し遠くを歩くキースが振り向いた。
小さく手を振れば、彼も手をあげて応えた。
思わず顔がほころぶ。
さっきまでさみしくて心細かったのに、明日また会う楽しみを鼻歌交じりに期待するくらい浮ついている。
早く明日が来るように、今日はもうシャワーをあびて寝てしまおう、とリツは踵を返した。
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