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背もたれの無い丸い木椅子に腰掛け、すっかり冷めてしまったココアを飲みながら窓の外へと視線を向けた。
だいぶ夜も深まったというのに車は途切れることなく走り、街のあちこちに昼間のように煌々と明かりがともっている。
星の光にたとえられたこのシュテルンビルト市は特に夜景が素晴らしい。
(流石に見えないか)
何かを探すように視線をさまよわせるが、お目あての『彼』は見付からなかった。
ため息をつき、さあ寝てしまおうかと立ち上がった瞬間、左腕のPDAが震えた。
『ボンジュー・ヒーロー』
その声を最後まで聞く前に、帽子とコートを掴んで部屋を飛び出した。
*
「やあリッター君!私は先に行くよ、そして現場で会おう!」
一足先にトランスポーターについていたスカイハイは腕を直角に曲げ挨拶をしたかと思うとジェットパックの出力を最大にして夜のシュテルンビルトへ消えて行った。
急がなくては彼に追いつけなくなる。
リッターと呼ばれた、スカイハイより小柄な体。
服を乱暴に脱ぎ、体型の補整の為に重量のあるアンダースーツをトランスポーターに詰めていたヒーロー事業部のサポーターにアンダースーツを着せてもらう。
ずしりと重みがのしかかる。一度屈伸をしてからさらにヒーロースーツを装着すれば、ヒーローステルスリッターの完成だ。
真っ黒の騎士のような、スカイハイと同じく裾がコートのようにヒラヒラとしたヒーロースーツ。
スカイハイと同じくらいか少し小さいガタイに見えるように身長も胴回りも調整されている。
目を閉じてネクスト能力を発動させればぐるぐると自らの内で何か質量のあるものが駆け巡る。
最初は気持ち悪さしかなかった感覚も、今はもうすっかりなれた。
ゆっくりと息をはく。
そのまま渦巻くモノを外へと出し何度も練習した造形を作り出す。
サポーターから手渡された鞘と柄だけの見せかけの細い剣を腰に佩いてトランスポーターの外に出れば、のっぺりとした闇のかたまりのような黒馬が、早くしろとばかりに足踏みをしていた。
「さあ、行こう」
ヒーロースーツのヘルメットの変声器で元の声とは全く違う声に聞こえる。
馬に飛び乗りたてがみをひと撫で。
生命の無い黒馬に対するこの行為にさほど意味は無い。
一息。
音もなく、冷たい風を切り裂き黒馬は空へと高く跳び上がった。
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