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▼ ずっと一緒にこれからも。

「また泣いてるのリツ」
「なんでもないです。早く帰ってください折紙先輩」

膝を抱えてトランスポーターの隅で声を殺して泣くのは、彼女の儀式のようなものだ。
いつも僕が先に帰るから、初めて泣いているのを見た時は声をかけても良いものか戸惑い、結局なんて話しかけて良いのかわからずそのまま帰ってしまった。
けれども、何度も繰り返すうち、出動の後リツが膝を抱えて涙を流す日がわかるようになった。

「……あれは、分かっていても防げなかったよ。どうしようもなかった……と思う……」
「ーーっ」

ひくり、とリツはしゃくりあげた。
どこに仕掛けられたかわからない爆弾を探し僕達ヒーローは広い商業施設を駆け回った。けれどもなかなか見つからず、リツは爆発の30秒前に爆弾の場所を予知した。

「でも、もし三分前にわかってたら……もし私がパワー系のネクストだったら、間に合ったもの」
「リツがパワー系なら気づけなかった、そう思うけど」

30秒前では撤去はできない。施設の客や従業員の避難は済んでいたものの、被害は甚大だった。

そしてリツはカメラの前でその直接被害を受けたテナントのオーナーに詰られた。
リツのせいではない。見つけられなかったヒーロー全員の責任でもあるというのに、そのオーナーはリツ相手に賠償を求め裁判を起こすなどとOBCの中継後終わったあとも他局のテレビの前で高らかに演説した。

近寄るな、さっさと帰れというオーラがリツから出ているけれど、僕はあえてわからないふりをしてリツの隣に腰を下ろす。

「った……もうたった30秒しか分からないの」
「うん」
「どんどん、短くなってくのっ」
「……うん」

静かに涙を流していたリツの呼吸が乱れていく。ゆっくりと背をさするけれど、震えるリツは落ちつくどころかどんどん嗚咽がもれてくる。

「発動する度にっ……短くなって、わたし、そろそろ引退だって、言われて……っ」
「リツ」
「まだ、もっと、折紙先輩とっ……!」

僕だって、リツとこの先もずっと一緒にヒーローでいれたらと思う。
最初は息も合わなくて、連携なんて全くできなかったけれど、
三分先の未来がわかるリツは、僕でも活躍できそうな場面を教えてくれて、リツとパートナーになってからは万年ビリの僕のポイントの桁が増えた。

リツはいつも笑って、おめでとうって言ってくれて、僕もありがとうって返して。

体力がないリツに付き合って一緒に走ったり、筋肉が思うように付かない僕のために色々とメニューを考えてくれたり。

この一年、リツと一緒にヒーローをやってきた。

「ねぇリツ、ヒーローじゃなくなってもさ、一緒にいようよ」
「……へ?」

リツは顔を上げた。涙で目元の化粧が崩れている。
真っ赤になった鼻にまぶた。涙のあとが付いた頬。ぎゅっと噛み締めていたのか唇もぽってりと赤くなってしまっていた。

そんな顔も可愛く思えて。

「一緒にいようよ。」
「ど、どうしてですか」

だって、とか、でも、とかリツは何か逡巡しているリツはまるで普段の僕がうつったみたいだ。

僕はリツの手に手を伸ばして、僕より少し小さな手を握る。

「リツはさ、僕がいること忘れてない?」
「ぱ、パートナーを忘れるわけないです!」
「そうじゃなくてさ。」

どういうことだとリツは怪訝な顔になる。
ああやっぱり気づいてない。

「リツはひとりじゃないって気づくべきだよ」

一人になんかするもんか。
「リツのそばにいる。僕はリツの味方なんだよ。パートナーなんだ」


「けど、ヒーローとか会社とか関係なく、僕は、えーと、その……リツといい関係が築けてきたと思うんだ。だから、その……これからもさ、会社とか抜きに……あの……」

あと一言。あと一言なのに、喉まで出かかっているのに!
心臓がばくばくする。絶対僕の顔は赤い。手も震えるし、多分リツの手を握ったまま汗ばんでると思う。
けれど、今言わなくちゃいけない気がするんだ。
僕は覚悟を決めて口を開く。

「リツとずっと一緒にいたいんだけど……」

「!」

一息に言ってしまうと、今度はリツの頬に朱が差した。
「え? あの、もうすぐ私引退だよ、予知できなくなるんだよ。もう折紙先輩のお手伝いできないし」

「関係ないってば。ネクストじゃなくて一人の女の子として」

やっとのことで言い切れば、さっきとは違う赤みがリツの頬に差す。

僕の心臓はバクバクしていて、きっとリツに負けないくらい赤くなっているんだと思う。

「ダメ、かな」
ふ、とリツの身体が青く光った。
それは一瞬だけれども、そしてまた涙が溢れた。

「……わだじもっ 折紙先輩と、ヒーローじゃなくなっても一緒にいだいっ」
「うん。よろしくね、リツ」

目から次々と溢れてくる涙をふいてあげたいけれど、残念なことにハンカチが手元にない。
とりあえず僕の袖で拭って、そのまま勇気を振りしぼってリツの体をぎゅっと抱きしめた。
「はい゛っ」

リツの感じている無力感は僕もよくわかる。
僕はスカイハイさんのように空を飛べないし、バーナビーさんのように顔出しができるわけでもなければ、ロックバイソンさんのような頑丈さもないから銃を向けられても隠れてばかり。
なかなかポイントを稼げなくて、つまりそれは人の役に立ててないって事。

グッズの売上もイマイチだし、なんとか注目してもらえるようにと始めたブログも悪い意味で目立っている。

そんな中で、リツが同じ会社の同じヒーローとしてデビューして、サポートしてくれてどれだけ救われたか。

いつも明るくて、振り回されることもあるけれど、リツとずっと一緒にいたい、自分のモノにしたいと思うようになるまでそう時間はかからなかった。

ヒーロースーツ越しじゃない、リツの体温が伝わってくる。
この熱を、ぬくもりをずっと大切にしたいと思った。
たとえリツのネクスト能力がなくたって、もう関係ないんだ。

ずっと一緒に、これからも、ね。

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