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▼ 55

くらくらする。足元がおぼつかない。
連続で大きなものを変化させたせいだろう、のしかかる負担に体が悲鳴を上げている。
路地裏の使われていない倉庫に逃げ込み、積み上げられたダンボールに背を預けずるりと崩れるように座り込んだ。

耳元のイヤホンからは消えたタイガーさんを見つけようと指示を出し、私を逃がしてしまったスカイハイを叱責するアニエスさんの声が聞こえている。
ーータイガーさんはなんとかなったかな。
何か動きがあればこのイヤホンが教えてくれるだろう。少し休まなくては体が持たない。

ひとつ大きく息をして目を閉じた。







「!」
腰のポーチからバイブレーションのくぐもった音が聞こえた。
すっかり眠ってしまっていたらしい。時刻を確認すれば夕方に差し掛かろうという時間だった。
扉の外に人の気配がないことを確認してから、震え続けているケータイを取り出した。

『……』
「……?」
画面には兄の名前、そしてスピーカーからはガサガサとノイズが聞こえてくるだけで人の声は聞こえなかった。

「も、もしもーし」
発信者は兄だ。何かあったのだろうか。
『……無事でしたか』
ややあって、聞きなれた声が聞こえた。
「無事です……どうしたの?」
『先程鏑木T虎鉄らしき男がアポロンメディアの屋上に現れましたよ』
「え!?」
慌てて意識をアニエスさんの無線へと向けるとほかのヒーローにアポロンメディアへ向かうように指示を飛ばしていた。
迂闊だった。電話がなければ確実に気づかなかった。

「私もアポロンメディアに向います」
『ちなみに、あなたのバイクは押収されたようですよ』
「あ……ですよね」
そうだった。足がなくなってしまった。
スカイハイの風でバランスを崩して、そのまま乗り捨てたんだった。

「ユーリさん、あの……スカイハイとその……あの……音声までは入ってなかったですよね?」
『ああ、あの恥ずかしい「待ってやめてウソーっ!!」
『冗談ですよ。実況の声のみであなたとスカイハイの声はありませんでした』

びっくりさせないで欲しい。

『あなたの笑顔は映っていましたよ。アップで』
「アップ」
『ええ。 あなたへの注目度は高いままです。スカイハイより映っていました。
鏑木虎鉄の動きがないので、あなたの一連の動きが繰り返しハイライトされてますよ』
「ハイライト」
『ええ。ネットもあなたの笑顔のキャプチャーが溢れています』
「……」
『とても楽しく見せてもらっていますよ』

思わず頭を抱える。
最悪だ。

『ところで、体調はどうですか』
「ユーリさんの精神攻撃で死にそう」
『お元気そうですね。あれだけ使って卒倒せずに逃げきれたのは驚きました』
「私も成長したんですー。強制的に。」
『トレーニングしておいて良かったでしょう? 』
「まあ……はい。」

ユーリさんプロデュースの鬼のような特訓の日々がチラリと脳裏に蘇った。思い出したくない。忘れよう。

『それと……』
「はい」
ユーリさんの声色が変わった。
『黙っていてすみませんでした』
「……ほんとにね」
おそらくルナティックのことだろう。
まさかユーリさんから切り出してくるなんて。
「はやく知りたかった。そうすればあんなに怖がらなくて済んだのに」
『……そうですか?』

ルナティックがウロボロス関係者の口封じをしているとビクビクして仕事を放り出して逃げて。

「うん。怖がり損だよホント」

相変わらずユーリさんの顔は映らない。

テレビ越しではなく直接聞いたルナティックの声。

それで気づかないほど私は馬鹿じゃない。
いや、テレビ越しでも気づくべきだった。
そしてルナティックが兄だとわかった途端、理解してしまった。



ルナティックの正体が一緒に育った人で。
一緒におじさんから正義の何たるかを教えられて。

ルナティックの正義は行き過ぎだし、
ユーリさんがおじさんのことを厭う理由もなんとなくわかる。
わかるからこそユーリさんのーールナティックの正義を理解してしまって、
ああ自分も一歩間違えばきっと兄と同じことをしていたかもしれないと、ストンと胸の中に落ちてきたのだ。

自分はただの修繕する人で、警察でもないし裁判官でもない、何でもない人。
ヒーローになれるほどのネクストでもなくて、司法ではどうにもならない犯罪者に対していだく思いに知らないふりを決め込んだ。

でももし、私に兄とおなじ能力があったなら。

「私が『兄さん』を怖がるわけないでしょ。」

考えるより先に口から出た言葉に思わず笑ってしまう。

良くも悪くも、私たち兄妹は育ての親の正義に縛られているようだった。




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