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リツが消えた。
病室は荒らされ血痕が残されていた。

そう連絡をもらった時は血の気が引いたが、一通り対処を終え憔悴したまま深夜に自宅に戻れば、珍しく母親が起きていた。

「あ、ユーリさん、おかえりなさい」

リツはソファに横になり母親にりんごをねだっていた。
思わず駆けよればにこりと顔色の悪い笑顔を向けてきた。

「どうしてここにいるんです!」
「ひゃー……それは、後で、ね。 おばさんもう一つ食べたいなぁ」
「いいわよ、ユーリ遅かったわねぇ。リツが具合悪いというのにどこに行っていたの?」

母親はリツが帰ってきて少しまともな精神状態になっているようだった。

「……リツ、体調が悪いならもう寝た方がいい。」

「そうねリツ。歩ける? この子ったら病院は嫌だった駄々をこねるのよ」

「だって……注射が怖いの」

リツは母の扱いを心得ているようで子供のように甘えている。

「今日は私の部屋に。リツの部屋は掃除しないと使えないでしょう」
ソファからリツを抱き起こす。そのまま抱えればその体は熱く発熱しているようだった。



自室のベッドに下ろせばふう、とリツは息を吐いた。

「説明してもらいましょうか、リツ」

「あは、は……あのね、ウロボロスに襲われたの」
そして続いた言葉に眩暈を覚えた。

「もう必死で抵抗したんだけど……向こうもネクストだったみたいで、連れ出されて……隙を見て逃げてきたの。あとね、肩と足……切られてすごく痛い」

「言葉が見つからないとはまさにこのことですね」

ため息を付けばえへ、となんとも間抜けな返事が返ってきた。
全く、どれだけ心配したのかこちらの気も知らないで。

「でね、ちゃんと巻いてきたし……私は行方不明のままでいたいんだけど、いい?」
「……リツがいいなら協力はしますよ。さあ傷を見せなさい」

行方不明のまま。
不便はあるだろうが、そのほうがいいのかもしれない。

「ん、大丈夫。表面はくっつけて直した。血が……ちょっと足りないかも」
便利だよねこの能力、とリツは笑う。それでも痛みはあるだろうし、怪我をしたという事実には変わりないのでずいぶんと図太く成長したものだと独り言ちる。
昔は注射で泣いていたというのに。

「そうですか。ならいいのですが……」

ベッドの端に腰掛けネクタイを緩める。

「ごめんね」
「あなたが無事なら良いのですよ」

頭をなでてやる。

「その言葉はいつかスカイハイに言うべきでは」
「え?」

「ジェイク・マルチネスの時も、そして病室からの失踪も、更にこれから行方不明になるんです。
結構な精神的苦痛を味わう事になるでしょうね、彼は」

「あー、うん、はい。 いつか……言えたらいいな……」

くしゃりとリツの顔が歪んだ。
そのままひくりとしゃくりあげ、眦からは涙がこぼれた。

「今日は寝なさい。これからのことは明日話しましょう」

頭をひとなでして私は部屋を出た。
一緒にいてやりたいが、彼女が求めているのは私ではないだろうから。











目的の人物を探すためエレベーターに乗り込んだ。
軽い電子音とともに扉が開けば都合の良いことにスカイハイその人がいた。

「ここにいましたか。少しお話いいですか」

壁にもたれ苦しそうに顔を歪めている。
執務室に案内し扉を閉めればすぐにスカイハイが待ちきれないとばかりに口を開いた。
「あの! リツは「そのことで、少し」
監視カメラの映像解析の結果、一人の人物がリツの病室に入り、更にその人物の首筋にウロボロスのタトゥーが確認された。
そうなれば警察は『当たり障りのない』捜査しかしないだろう。
組織にリツが目をつけられたのは良くないが、警察に捜索されないのは幸いだ。


「妹の事ですが」

ドアの外で足音がした。それが遠ざかっていくのを確認して、言葉を続ける。

「あの子のことは忘れてください」

スカイハイが固まった。
報道規制とはいえ、既に知っているだろう。

「行方不明である事はもうご存知ですよね。 先ほど病室に残された血痕がリツ・ニノミヤ本人のものであることが確認されました。
その出血の量からしておそらく……生存の可能性は極めて低い、とのことでした」

用意していたセリフを並べる。
生きているから心配しなくていい。会いに行ってやって欲しい。
そう言いたかったがリツが置かれている状況がそれを許さない。

「そんな! 貴方は納得しているんですか!」
「……これはあくまで私の予想ですが、この事件の捜索は早々に打ち切られるでしょう」
「家族なのでしょう!! なぜあなたはそんなに冷静なのですか!」

スカイハイは声を荒らげた。彼の声はよく通る。ドアを閉めてもおそらく声は漏れているだろう。
何のためにここに招いたのか理解していないらしい。

「あなたなら……どうしますか」

とろりとした琥珀色のはちみつをひと匙すくって紅茶に入れた。

「あなたならばどうしますか。 警察にもっとよく探せと陳情しますか? それとも個人で探すおつもりですか?どこを探すつもりです。シュテルンビルトは狭いようで広くそして……深い」

簡単にどうこうできる状況ではない。
くるりと紅茶をかき混ぜる。
明るい紅茶はどんよりと黒くなってゆく。

「ヒーローであるスカイハイが、恐ろしいネクストである修繕屋を気にかけるという構図はよくありません」
「リツは恐ろしくなど「あなたはそうでも、世間は違います」

こんなこと、本当は言いたくないのだ。

「……悟られてはあなたの今後に関わります。 妹も自分のせいでヒーローであるスカイハイの人気に悪影響を及ぼしたとあっては悲しむでしょう」

またいつか、リツが人前に出てこられるようになったその時リツの隣に立てるように、ヒーロースカイハイのままでいて欲しい。

「それでも、もしかしたらリツは生きていて今頃ひどい目にあっているかも知れません。ただ何もせずになんていられない!」
「……私だって心配しているんですよ。同時に後悔しています。ヒーロー活動に準ずる立ち位置で表に出すべきではなかったと。
ーーなぜ、もっと殺傷力のある使い方を学ばせなかったのかと」

「え?」

そうだ。後悔している。
戦えるネクストとして訓練していれば、ジェイクマルチネスに勝つことだって不可能ではなかったはずだ。

人を傷つけるような人間になって欲しくないと、私のエゴで修復に見えるような使い方しか訓練させなかった。
すこしかんがえればリツはどんな能力でも人を傷つけることはしないという事はわかりきっているというのに。

「中継されている時ならばともかく、病室の襲撃は抵抗できたはずです……ネクスト能力の使い方によっては。
大の男だろうがねじ伏せることくらい簡単な能力のはずです。
もしリツと再び会うことが叶うならば、能力を徹底的にそちら方面へと伸ばすよう訓練させますよ」

「!」

「まあ、あのこに嫌がられて終わりそうですがね」

怪我が完治したらすぐにでも居を移し訓練させるつもりだけれども。

「どうかあなたまで評判を落とすことのないよう。リツのためにも、お願いしますよ」

キース・グッドマンは鋭い眼光を向けてくる。

そこまであの子を思うのならば、愛するのならば、どうかそのヒーローとしての地盤を揺るがすことなくその時を迎えて欲しいと思うのは兄の私欲だろうか。


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