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「リツが行方不明!?」

リツに想いを告げた次の日、今夜また会いに行こうと浮ついたままトレーニングセンターに顔を出せば、既に来ていたブルーローズくんとドラゴンキッドくんが話していた。

「どういうことだい?」
「ファイヤーエンブレムに聞いたんだけど……昨日の夜中、ナースが見回りにリツの病院に行ったらリツがいなくて、室内が荒らされていたって……」
「血もあったみたいだよ。監視カメラには男の人が病室に入ったのが写っていたらしいんだけど、出てきたところは写ってなかったんだって」
彼女らの言葉に頭の中が真っ白になる。

血、行方不明。

「スカイハイはなにか聞いてないの?」
「いや……何も聞いていないよ」


礼を告げトレーニングはせずに退出する。

きっと無事だ、と自らに言い聞かせる。
ジェイクの件が解決したばかりだというのにどうして。
ざわざわと胸が気持ち悪い。締め付けられているように苦しい。
エレベーターのボタンを押して壁に寄りかかる。

ーーなぜ事件にならない。

ニュースなどは一通りチェックしている。
発覚したのが昨夜のうちならなぜ表に出ない。

エレベーターのランプはは下の階で点滅を繰り返しなかなか来ない。
PDAでアニエスくんを呼び出す。

『ーーリツのことかしら』

「どうなっているんだい、一体彼女はーー!」

『報道規制ね。ファイヤーエンブレムに情報を掴まれてヒーローの何人かには拡がったけれど、スカイハイも他言してはダメよ』

「リツの捜索はされているのかい?」
『多分ね。搜索状況についてはこちらでも探っているところよ。ーーいい? 絶対に単独で捜査しないでね。目立つ行動はまずいわ』

「そんな! リツは仲間だろう!?」

探すな、なんて。

『仲間、ね……スカイハイは「いつも通り」を心がけてちょうだい。 「スカイハイ」でいられなくなったら困るのよ』
「それはどういう……」
『とにかく、今は動かないでおとなしくしていて』

そう言ってぷつりと切れてしまった。

ちょうど来たエレベーターのドアが開くと、そこには先客がいた。

「ここにいましたか。少しお話いいですか」

ユーリ・ペトロフ裁判官。

「あの! リツは「そのことで、少し」

いつも顔色の悪い人だが今日は特に青白く、クマが濃い。

案内されるがままに司法局の中の一室に入れば、ブラインドは閉じられ、明かりがつけられているというのにどこか薄暗く感じた。
紅茶をいれテーブルに置くと、彼は口を開いた。

「妹の事ですが」

そこで彼は一旦言葉を切った。

ドアの外で足音がした。それが遠ざかっていくのを確認して、言葉を続けた。

「あの子のことは忘れてください」

ーーえ?

「行方不明である事はもうご存知ですよね。 先ほど病室に残された血痕がリツ・ニノミヤ本人のものであることが確認されました。
その出血の量からしておそらく……生存の可能性は極めて低い、とのことでした」

色の無い唇からするすると言葉が紡がれてゆく。
意味の無い、なんてことのない言葉であるかのように、
抑揚乏しく告げられ、彼の正気を疑う。
身内に危害を加えられ、行方不明だというのに。

「そんな! 貴方は納得しているんですか!」
「……これはあくまで私の予想ですが、この事件の捜索は早々に打ち切られるでしょう」
「家族なのでしょう!! なぜあなたはそんなに冷静なのですか!」

声を荒らげるべきではない。そう理解しているつもりが感情を抑えきれずに漏れてしまう。

「あなたなら……どうしますか」

とろりとした琥珀色のはちみつをとり、彼はひと匙紅茶に入れた。

「あなたならばどうしますか。 警察にもっとよく探せと陳情しますか? それとも個人で探すおつもりですか?どこを探すつもりです。シュテルンビルトは狭いようで広くそして……深い」

くるりと紅茶をかき混ぜる。
みるみる明るい紅茶はどんよりと黒くなってゆく。

「ヒーローであるスカイハイが、恐ろしいネクストである修繕屋を気にかけるという構図はよくありません」
「リツは恐ろしくなど「あなたはそうでも、世間は違います」

兄妹なのだろう。なぜそんな冷たいことを言うんだこの人は。

「……悟られてはあなたの今後に関わります。 妹も自分のせいでヒーローであるスカイハイの人気に悪影響を及ぼしたとあっては悲しむでしょう」

そうだとしても、私はリツを諦められない。諦めたくない。
握った手に力が入る。

「それでも、もしかしたらリツは生きていて今頃ひどい目にあっているかも知れません。ただ何もせずになんていられない!」
「……私だって心配しているんですよ。同時に後悔しています。ヒーロー活動に準ずる立ち位置で表に出すべきではなかったと。
ーーなぜ、もっと殺傷力のある使い方を学ばせなかったのかと」

「え?」

今、この人が言ったことは、どういう意味だろうか。

「中継されている時ならばともかく、病室の襲撃は抵抗できたはずです……ネクスト能力の使い方によっては。
大の男だろうがねじ伏せることくらい簡単な能力のはずです。
もしリツと再び会うことが叶うならば、能力を徹底的にそちら方面へと伸ばすよう訓練させますよ」

「!」

「まあ、あのこに嫌がられて終わりそうですがね」


ユーリ・ペトロフ裁判官は目を伏せ一口紅茶を飲んだ。


「どうかあなたまで評判を落とすことのないよう。リツのためにも、お願いしますよ」




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