▼ 42
イーストブロンズの支柱が破壊された。
テレビ中継でジェイク・マルチネスは人間をネクストが支配するネクストの国を作ると宣言した。
そして、それが本気であることを示すようにイーストブロンズの支柱を破壊、そしてシュテルンビルト外へ続く橋、へリポート、港をパワードスーツで封鎖してしまった。実質的に市民全員がシュテルンビルトに閉じ込められてしまった。
その横暴なやり方は反ネクストの感情を煽りヒーローへの風向きも怪しいものとなりつつある。
ジャスティスタワーにヒーローとともに招集をかけられ、その場に入ればバーナビー・ブルックスJr.以外が集まっていた。
「お疲れ様です」
「アンタもお疲れさま。あら、フル装備?」
「……はい」
ファイヤーエンブレムに言われた通り久しぶりのフル装備だ。
最近事後処理ではなく真っ最中に呼び出しがかかるものだから私服で動くことが多かったが、今日は防弾防刃加工の作業服に、ブーツタイプの安全靴、いつもより大きいポーチ、フルフェイスのヘルメットにゴーグルとグリップのよく効く手袋を入れて抱えてきた。
「ちょっと事情がありまして」
大きなポーチの中には物騒な武器が収められている。
招集される少し前、戻ってきたユーリさんと話し合った。話し合うというよりは私の一方的な説得だったけれども。
全く取り合ってもらえなかったが、ユーリさんが市長や企業のCEO達の会議に呼ばれ行ってしまったので、勝手な自分の判断だ。
次々と支柱を破壊されてはたくさんの人が犠牲になる。そんなの、見過ごすなんてできない。
三回の制限をこえて能力を使用する。
もちろんその分体に負担がかかるけれども、それでもたくさんの人が死ぬなんて嫌だ。
ドアが開き、アポロンメディアCEOとアニエスさん、そしてバーナビー・ブルックスJr.が現れた。
声をかけたタイガーさんにバーナビーさんは大丈夫です、とだけ返したが、その表情はいつもと違い、感情を隠すように無表情の仮面をつけているように見えた。
「みんな聞いてくれ。まずは救出活動ご苦労だった」
そして告げられたのはジェイク・マルチネスを食い止め、反ネクストを払拭しようというというものだった。
「ヒーローが、このシュテルンビルトを守るんだ」
そう力強くミスターマーベリックは言い切った。
「わかりました。我々が必ずこの街を守ります」
キースさんもそれに応え、各々がうなづいた。
ミスターマーベリックが市の緊急会議に向かうと退出するとアニエスさんが口を開いた。そして説明された現状はひどいものだった。
ウロボロスを名乗る組織がなんの組織か、その構成人数も保有するパワードスーツの数も不明。
ジェイク・マルチネスの余罪は数百にのぼり、ミスターレジェンドに十五年前に逮捕され、今に至る。
ジェイク・マルチネスのネクスト能力のデータは消去されており情報は得られない。
「現状で出来ることとして我々はブロンズステージのパワードスーツの掃討作戦を行うわ……リツ」
「はい」
私のことは既にアニエスさんに伝えてある。
「巻き込まれないようにシルバーステージからまわりこんでちょうだい。どれくらいの時間がかかるかしら」
「今回はチョークを使いません。ので、線を引く時間は必要ありません」
「何回耐えられそう?」
「規模にもよりますが少なくともあと三回は。それ以上はやってみないとわかりません」
「……そう。支柱の優先順位を専門家が解析してる。結果が出たらそのとおり動いて」
「了解で「ちょっと待って欲しい。リツ、今日は既に三回発動しているんじゃなかったかい?」
キースさんからの問いかけにどう答えるべきか。ほかのヒーローもどういうことだとこちらを見ている。逡巡してから口を開いた。
「……私の能力は、公表されているものと少し違います。
三回の使用制限は体への負担を考慮した上で設けたものです」
三回以上はとても負担がかかる。
父は、三回以上でも平気だったらしいけれど、回数制限を設けることで父の能力と全く違うものだと印象づけたかった狙いもある。
「それではリツが……」
「一千万人の犠牲が出るより、私が多少寝込むくらいなんてことないですよ」
しかし、となおも言い募ろうとするキースさんをバーナビーさんが止めた。
「リツさんのネクスト能力は今回とても頼りになります。よろしくお願いします」
「……」
まだキースさんは何か言いたげではあったがアニエスさんの指示で各々散っていった。
「リツさん」
「バーナビーさん……さっきはありがとうございました」
「いえ。今回は逃げないんですね」
「!」
「お、おいバニー!?」
トゲを含んだ言い方にタイガーさんがあわてる。
「逃げませんよ」
バーナビーさんに歩み寄り、彼を見あげた。
「私は、ウロボロスが怖いです。ずっと、育ての親に言い聞かされてきました」
彼のメガネの奥のグリーンの瞳にまっすぐ目を合わせる。
「正直、今回の参加は兄に止められて、無視して出てきました。司法局からの使用許可なくヒーロー活動に準ずる行為というものをします。
怖いですねー。帰ったら多分ユーリさん……こ、怖い、ですけど……」
全部終わってからのことを考えただけで身の毛がよだつ。
「逃げて私一人無事で、一千万人の犠牲者が出たら絶対後悔します。
だったら私は、見つかるリスクを犯しても、支柱を片っ端から直して支えます」
バーナビーさんの目が細められた。
「……あいつだったんです」
「え?」
「犯人……僕の両親を殺した」
その言葉にタイガーさんは目を見張る。
「あいつってマルチネスか?」
「ええ。顔を見て確信しました。ジェイク・マルチネス……あいつが両親の仇です」
「そ、そうか……」
「そうでしたか」
私はバーナビーさんの顔を見ていられず、ヘルメットを抱え直し踵を返した。
「私はもう行きます。……バーナビーさん。あなたの正義を、信じています」
そのまま早足で部屋を出た。後ろの方でタイガーさんの声とバーナビーさんの怒声が聞こえてきたが、内容まではわからなかった。
prev / next