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▼ しとしと

ここは日本ではない。
日本では当たり前だった梅雨も、こちらにはないと思っていたのだけれど、六月にこうも雨が続くと意外とあちらとこちらは似ているのかもしれない。

しとしとと静かに降り注ぐ雨は今日で三日目。

空は薄暗く、何をするにも気分が乗らない。

青い空が懐かしい。

「どうしたんだい、外ばかり見て」

キースがマグカップを差し出した。
ありがとう、と一言つげて湯気のたつコーヒーを一口のんだ。

「んー、雨だと大変だなあって」

「何がだい?」

「スカイハイが。彼、雨でも構わず空を飛ぶから」

キースはぱちぱちとまばたきをし、こてんと首をかしげた。
「スカイハイだけじゃない。ヒーローは雨だろうと関係ないよ」
「そーじゃなくて。スカイハイは用がなくても空飛んでるじゃない」

「よ……用がないわけじゃないと、思うが……」

「パトロール、大変よね。昨日なんかヒーロースーツのコートみたいなヒラヒラの裾がピターって足にくっついてたし」

空で傘を差すわけにも行かないだろう。
ジェットパックがあるからカッパだって着れない。

「なに、キース」

ずいぶんと彼は機嫌が良いようだ。
いつも人の良さそうな笑みを浮かべているが、なんだか今日はいつもより楽しそうだ。

「リツはスカイハイのことよく見てるんだね」

「え?そりゃあまあ……スカイハイのファンだし」
「スカイハイが好きかい?」

……何が言いたいのだろう、この人は。

「ヒーローの中で一番好きだよ。だって、助けてもらったことあるし」

「は……本当に……?」
「うん。抱えてもらって空とんでさ」

あの時もこんな雨の日だった。

「それは……いつだい?」
「えー?なにキースってばヤキモチ?嫉妬?」

なぜか焦り気味の彼をつついてからかう。

「い、いや……ヒーローに助けられるほどのことに巻き込まれたのかと……」

「んー、たいしたことじゃないよ」

そう、スカイハイにとって私が巻き込まれた事故はたいしたことじゃない。
ほぼ毎日何かしらの事件が起こるこのシュテルンビルトで活躍するヒーローたちは、数ある事件事故のうちの一つなんてすぐに忘れてしまうだろう。

少し前のスタチューオブなんとかが盗まれておっかけっこした事件や、燃料プラントの火災など大きな事件ならともかく、私の巻き込まれた事故は本当にたいしたことのない事故だったのだから。


「あのときも雨の日でね、オリエンタルタウンに行く橋の上でバスがスリップしたの」

渋滞という程ではなかったがそこそこ交通量のある橋の上での大型バスの暴走。

中に乗っていた私はぐわんぐわんと振り回されトラックにぶつかり割れた窓から外に放り投げられた。

まさに海に落ちようというところで、パトロール中のスカイハイにすくい上げられたのだ。

「事故にあって。パトロール中のスカイハイに助けられた。それだけだよ」

シュテルンビルトで彼に助けられた人は多い。私はその大勢の中のひとり。
命のピンチをさっそうと現れたヒーローに助けてもらえば、どうしてもそのヒーローを贔屓して応援したくなるというものだ。
事実私はすっかりスカイハイのファンで、新しいカードが出る度に買ってファイルにきちんと並べて入れている。

家の鍵についているマスコットはデフォルメされたスカイハイだし。


「……大変だったね」
「ぜんぜん。だってスカイハイが助けてくれたんだもの。……いい大人がヒーローグッズを集めてるのはイヤ?」

「まさか。スカイハイなら大歓迎だよ」

キースもスカイハイが好きなのかしら。

「スカイハイなら?ほかのヒーローならダメなの?」
「ダメだとも」
「えー?ナニソレ」


変なキース。
妙に機嫌がいい変なキース。

彼は至極楽しそうに私に手を伸ばしてきた。

「なあに?」
「なんでもないよ」

しとしとと窓の外では絶えず雨が降っている。
ぎゅ、と抱きしめられた彼の腕の中はまるであの時のような、
安心する不思議な感覚。




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