The mirror of the Queen.01
Snow * white続編Magic mirror on the wall
who is the fairest one of all?「……今、何と申したのじゃ?」
紫色のルージュが引かれた唇から発せられた声音は、真冬の冷気よりもなお冷たかった。
豊満な肉体を漆黒のナイトドレスに包んだ妙齢の美女ーーカデンツァ王国国王妃エヴァ・カヴール・ド・カデンツァは腰までもある長い銀髪の下、ぞっとするほど整った白い美貌に、氷のような表情を刷いて寝室を振り返った。
けぶるような睫毛に縁取られた蒼瞳には、凍てついた光が宿っている。
「もう一度申してみよ……この世界で最も美しいのは誰じゃ?」
氷針を含んだ王妃の下問に答えたのはどこまでも静謐な沈黙だった。
豪奢な調度品が並んだ広大な寝室には、四方に灯されたランプの緋炎が揺らめく以外に動くものは何もない。
否ーー
<この世界で最も美しいのは白雪様……>
壁の中央ーー精緻な草花模様に縁取られた楕円形の鏡が青白く輝いたのは、そのときだった。
あたかも水面に雫を落としたかのように鏡面が揺らいだ次の瞬間、鏡の中には、端整だが人形めいた白い男の顔が宿っている。
<シラユキ・ド・カデンツァーー最も美しいのは貴方のご義子息です、我が主>
「どういうことじゃ……」
紫色の唇が戦慄いた。
「あれはロベルトが殺したはずじゃ! 心臓も確かにこの目でーー」
<白雪様は生きています>
声を上擦らせた主人に対して、人ならざる下僕の声はどこまでも静謐だった。
忠実な執事にも似た恭しい口調だが、一切感情の籠らぬ声音で補足する。
<猟師が貴方に渡したのは獣の心臓ーー白雪様のものではありません>
「……あの下郎! 妾を謀りおったのか!」
甲高い音が夜の静寂を切り裂いた。
寝台の傍らに用意されていた寝酒のグラスを、白い繊手が叩き割ったのだ。
血のように赤い液体が足元に広がってゆくのを刺すような目で睨めつけたまま、エヴァは吐き捨てるにその名を口にした。
「白雪……」
男の身でありながら、国随一の美貌と謳われる王位第一継承者。
東国の前国王妃が遺した忌々しい忘れ形見ーーあれを始末しなければ、夫である国王を亡き者にしたとて、玉座も、万人から讃えられて然るべきこの美貌への正統なる賛辞も手に入らぬ。
無論、謀った猟師も口惜しいが、その報復は後回しだ。
そう、まずはーー
「あれが生きていると言うのならば、今、どこで何をしている……鏡よ、我が義子息の姿を映してみせよ!」
<……望みのままに>
感情を持ち得ぬはずの鏡の中の男がほんの一瞬、物言いたげな表情を浮かべたのは、果たして気のせいだったのだろうか?
それを訝しむよりも早く、まるで木の葉が水面に沈み込むかのように、白い男の顔は鏡の奥に沈んでいた。
無人となった鏡面では、暫時、青白い光が揺らめいていたがーーやがて、それは血のように赤い景色へと切り替わった。
これはどこかの山小屋であろうか?
開け放たれたままの扉から差し込んだ夕陽が粗末な厩の中を一面茜色に染め上げているーーその最奥に今しも馬を引き連れて入って来たのは、いかにも上機嫌に鼻歌を鳴らした大柄な中年猟師である。
手際よく愛馬の轡を外してやると、猟師は鞍に括り付けていた荷物≠下ろすべく手を伸ばした。
<さあ……着きましたぜぇ、王子殿下>
「これは……」
眦が裂けんばかりに蒼眼を瞠って、国王妃は手にした扇で口元を覆い隠した。
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