2.ワシはやってへん







しゃーないしゃーないと心の中で言い続けて、やって来たんはワシの村。
よう分からんモノたちがよう分からんなりにのんびり暮らしとる村や。

「何やぁ・・・今日もごっつぅおんねんなぁ・・・」

妖怪変化?そら当然。おりまっせ魑魅魍魎。茶飯事でっせ百鬼夜行!
上空いまだ高い位置からも、そんな住人達の姿は明白やった。

いつもならド派手にがっつーんと帰省なワシやったが。小脇に抱えたチビが少々心配やったからの、今回はこれでもかと言うくらい軽やかに着地してやった。

「ほな、帰ったで!」

誰に言うでもなく。いつものようにワシは言い放つと小脇のチビを横に立たせてやった。
えらく加減した速度で飛んでやったっちゅうに、若干気絶風のチビ。よう立てんのか、ワシの服の裾を握りしめて全体重をかけてきた。ちょい待ち。地味に重いっちゅーねん。ワシは目の焦点の曖昧なチビのケツをペシっと一発張り上げた。

「!!」
「着いたで」

手加減もそこそこ、うまく気付けになったようじゃ。チビは己のケツをさすりつつ自力で立った。
途端にその顔に浮かぶ戸惑いと恐怖。

「あ・・・」

言うが早いか、ワシの後ろに隠れよった。

「何やワレ。怖がらなくってもええねんで?」

背後で震えるチビに向かって、思わず鼻で笑ってもうた。
人見知りするタマかワレは?!

「ほれ、皆に紹介したる。顔出しや」

そう言ったものの、頑として出て来んチビとの押し問答に、ワシもついついため息をこぼした。

「何が怖いっちゅーねん!」

ワレの見てくれの方がよっぽど・・・とうっかり口にしそうになったのを寸でで押さえたワシ。
気を取り直してチビを諭す。
そもそもこいつらがワレを気味悪がると思うのか?ほれ見てみぃ。全身毛むくじゃら。アレの背中の黒羽根は作りモンやないで?顔の造り以前に目無し鼻無しもおるやろが。

・・・と小声でチビに言い聞かせていて、ふと周りの気配に違和感を感じたワシ。チビから目を離して周囲をぐるりと見渡した。
・・・
・・・・・・何や?

いつもと違う雰囲気にヒヤリとした。

「な、何やねんその」



・・・奇異の視線たちは?!



普段なら、ワシの帰還に軽く黄色い声もあがろう場面やで?
群がるガキ共を軽くいなして、オンナ共にはちょいちょい胸やら尻やらにちょっかい出したりな?
せやのに、何や?
ワシを前に何をヒソヒソ相談しとるんや?!しかも汚いモンを見るような眼で!!

ワシは少しだけ顔を覗かせたチビを、逆に背後に押し込んだ。

「何やぁ?!言いたい事ははっきり言わんかぃ!」

ワシが言ったと同時に、目の前の不細工共はまるで蜘蛛の子を散らしたように一斉に消えた。



◇◇◇◇◇



「ホンマ!ごっつ腹立つわ!!」

ワシは木戸を蹴り開けた。次いで抱えていたチビを降ろす。

「おっさん!おるか?!おらんでも上がったるけどな?!」

ドカドカと土間を通り抜けて、そのまま上がりかまちを跨いだった。下駄がポカーンと跳ね上がって落ちた。あぁ、明日は雨か。・・・やないわ。腹立ちすぎて、下駄もよう揃わんかったんや。

・・・帰ったらまずはどっかでうまいモンでも食らおうかと思っとった。新参者がやや変わりモンやからって、そんなん酒の一つや二つ入った輩どもなら逆に肴になるとも思っとった。
少なくとも。人間界よりは気楽に受け入れられると思っとった。
が、先の村人の反応で、頭に血が上ったワシ。思わず溜まったモンを吐き出したら、周囲の窓やら壁やらに見事なひびが入ったわ。
衝撃波が辺りを蹴散らした静寂の中、ワシは横で縮みあがっとるチビを抱えて飛び上がって。・・・来れる場所は此処以外浮かばんかった。

・・・確かにチビの見てくれはアレや。ワシらの中でも見栄えするモンやない。
だがそんなん、ほんの少し変わっとるくらいの話や。
小声やったが、確かに聞いたで?『気持ち悪い』やら『恐ろしい』やら何やら。
チビを何と思ったんじゃアイツラは。そない態度取れるほどワレらは普通なんかいの?!
・・・
・・・・・・。
自分でもおかしいと思う。何でこないに腹が立つのか。だがしかし。冷ややかな空気の中、チビがまたワシの服にしがみついた。それが今まで以上に重く感じた。理由はただ、それだけや。
ワシはけっと胸糞悪い感情を吐き捨てて。そのまま、囲炉裏ばたにぞんざいに腰を下ろした。

「・・・おっさん!聞こえとんのか!?もう上がっとるで!!」
「うるさいのぉ〜」

苛立ち紛れに発した声に、漸く返事が響いた。

奥の方からもぞもぞと現れたのは、これまた不細工極まりないジジィ。ワシはダルマのおっさんと呼んでいる。
ワシがジャリの時からあれこれといらん世話を焼いてくれとるジジィやった。
おっさんは村の外れも外れ、村に住んどるモンもほとんど来ない山奥でノホホンと隠居生活やっとった。

「毎度毎度。大人しゅう帰って来れんのかお主は」
「そんなん今はええねん。何か食うモン有らへんか?」
「まずは挨拶くらいせぇ」
「ほないただきます!」
「何をぬかす。ただいまじゃろぅが」
「あたたたた!」

突然の重圧感がワシの後頭部を襲い、額が畳をめり込ませた。ワシの苛立ちが一気に冷めていく。

「分かった!分かったから!ただいまやった!うっかり間違ぅたわ!!」
「ほぅ。ならばあそこに転がった履物は」
「揃える!揃えるよって!!」
「いくつになっても行儀の悪い小童やの・・・?」

ワシに説教を垂れつつも、力を緩めないおっさん。・・・が。

「・・・ほほぅ。こやつか」

ほぅほぅと何かを納得するおっさん。その視線の先を、ワシは横目で追った。
ワシが蹴り開けた木戸。その扉の影でチビが震えとった。

「おっさん!そいつは・・・」

瞬きすら待たず。チビの目の前に立ちはだかる、おっさんの後姿。
チビの掠れた悲鳴が聞こえた。
と。

「お主も不思議な小僧を連れて来たもんじゃ」

手を出すな、と言おうとしたワシの体がふっと軽くなった。



◇◇◇◇◇



「お主よりもよっぽど行儀がええわぃ」
「あたたたた」

ワシはと言うと、再びおっさんに締め上げられていた。
逆にチビはと言うと、おっさんの横で茶菓子を食っている。

チビの前に立ちはだかったおっさんの姿に、ワシはつい殺意を向けてしもうた。
チビが何かされる、と思った。気が付いたら圧の消えた体がそのまま飛びかかろうとしていた。よくよく考えたらチビが己で何とかすれば良いだけの話やった。何をそんな過保護になっとるんやワシは。

だがしかし、そんな考えは後の祭りな訳じゃ。目上に無礼を働いた罰として、今再びワシの額は畳にめり込んどる。ワシを誰と思っとるんじゃ、この小童が。・・・それが幾度となく繰り返されているおっさんの言葉。

「おっさん、そろそろ堪忍やで」
「暫くそうしとれ」
「あたたたたた」
「この小童が」
「あかんわホンマ・・・」

おっさんは。
チビの顔をしみじみ覗き込んだおっさんは、チビに危害を加えるどころか、その手でチビの頭をヨシヨシと撫でた。
それから。
・・・そう。おっさんはチビを『不思議な』と表現した。
『不思議な』と。
『バケモノ』とか『気味悪い』などでなく、ただ『不思議』と。
それが、チビには嬉しかったんかもしれん。この小一時間で、チビはおっさんに異常なほど懐いてしもうた。おっさんはおっさんで、これまたまんざらでもない。
何や、仲のええジジィと孫に思えてきたわ。
つーか・・・

「・・・良かったの、ワレ」


・・・そんなワシの呟きを拾ったのか、おっさんの仕置きがふっと解けた。



◇◇◇◇◇



「せやけどおっさん?何でコイツの事知っとったんや」

漸く解放されたワシは後頭部をさすりつつ聞いてみた。

「知るも何も、鳥どもが騒いでおったからの」
「あぁ・・・」

そう言えばこの森にはぎょーさん伝書鳥がおったな、と思い出した。
ジャリの頃はその噂好きな鳥どものお陰で、ワシのした悪さなんぞはすぐにばれた。そのたびにこっぴどい仕置きをくらったもんだ。

「ブランチよ、ちゃんと弁償して来るんじゃぞ?」
「は?」
「お主、腹いせに一帯を吹き飛ばして来たじゃろうが」
「腹いせな訳あるか」

ワシはおっさんに向かって悪態をついた。
当然や。
百歩譲っても、だ。やつらの、チビに対するあの態度は無いわ。
確かにワシはあの辺一帯をぶっ壊したかもしれん。でも、だ。じゃあ何か?やつらは何もしてへんとでも言うのか?やつらの態度がチビの心に傷を付けてないとでも言うんか?
ワシに弁償せえと言うんなら、やつらかてキチッとやる事はやらんといかんやろ?
それができひんかったら、ワシかてこれっぽっちも弁償する気など出んわ。絶対に。意地でもや。
そうワシの思っとる事を伝えたら、おっさんははて、と首を傾げていた。

「何やおっさん?ワシ間違うた事言っとるか?」
「間違うも何ものぅ」

首を傾げたまま、フム、フム、と納得しているんだかしていないんだか分からん頷きを繰り返すおっさん。
当分村に出る気も起きんようになっていたワシは、不思議そうな顔をしているおっさんを一瞥してそのまま仰向けに寝転がった。

「ま、どーでもええわ。それよりもおっさん?」
「何じゃ」
「おっさんとこで、コイツを預かってくれんかの」

チビの懐きようからして、それが一番の策であるとの結論に至ったワシ。頼むなら早い方が良いと思って口にしてみた。

「それは、随分薄情な話じゃな」
「薄情?ええやないか。どうせヒマを持て余してるんとちゃうか?」
「まぁ忙しくは無いな。それに小僧一人増えたところで、何も問題は無いが・・・のぅ」

おっさんが静かに茶をすすった。
次の瞬間。

「う゛え゛!!」

みぞおちに突き刺さる衝撃。そのままミシリと畳が悲鳴を上げた。

「い゛っ、いきなり何や?・・・あだだだだだ!!」

起き上がろうとしたワシの体は、圧し出されるようにそのまま横倒しになり。またしても額が畳と仲良しの状態だ。
若干涙目のワシを見下ろして、おっさんは静かに怒りを放っていた。

「全くお主は・・・相変わらずのタワケじゃな」
「な、何がやねん?!」
「ブランチよ・・・常日頃から女の尻ばかり追いかけてるとは思っとったが、いくら何でもここまでとは」
「だから何がやねんって!」
「家を空ける時に此処へ寄越すのは一向に構わぬ。・・・じゃがしかし!全くの育児放棄とは何事じゃ!!」
「いいい育児?!」
「己の子供の面倒すら見れないヤツとは思わなんだ!今日こそは性根を叩き直してやる!!」
「ちょい待ち!ちゃうねん!ってあだだだだだだだだだ!!潰れる!ホンマに潰れるって!!」








拷問に等しい圧をかけられたワシは、それが終わっても動く事ができずにいた。
そんな死に掛けの体に滔々と続く、おっさんの小言。
そんな小言垂れ流しジジィの横で、脱力状態のワシを心配そうに覗き込むチビ。
つーか・・・・・・
・・・何やねんこのチビは・・・
このチビのお陰でワシは・・・理不尽な折檻を喰らったわ。
動かすのも億劫な頭をほんの少し動かす。『視界に入るな』と。
当然やわ。何でワシがどつかれなあかんねん。
誰がワレの親や。冗談は顔だけにしとかんか。

ワシの不満気な顔が見えたのか、おっさんは持っていた煙管でワシの頭をポカリと小突いた。

「あいた」
「反省しとらんようじゃな」
「反省も何も」

さっぱり分からへん、と言おうとしたが、更に強さを増した圧に声も出て来んようになってきた。掠れた声で誤解やと繰り返す。
おっさんは不機嫌そうな顔で茶をすすった。

どうもこのジジィはチビをワシの子と思い込んどるようじゃ。ほんで自分の子を都合良く置き去りにしようと企んでると。
・・・
・・・・・・
いやいやいやいや!
そんなん有るか?無いわ。無いどころか1ミリも無いわ!!何が育児放棄やねん。己の子供の面倒って・・・ワシとチビ、どう見ても全然似つかれへんやないか。
大体あれや。チビの下半身分かっとるか?馬やで?ヘラクやで?!四足やで?!どう転んだらワシの子供と思えるんや。違うやろ。どう転んだらそんなキチガイな発想ができんねん?!

と、ワシの頭は全力で否定をしていたが・・・
・・・そんなあかん転び方を、ワシ以外の連中はしていたようだった。

「全くお主は、女の尻に飽き足らずヘラクの尻まで追っかけとったとは」

・・・思わず己の耳を疑った。





・・・はい?!




「しかしワシも、まさかヘラクと子まで成せるとは思わなんだ。」
「・・・・・・」
「とにかく、男ならしっかり責任を取らんか。腹を括るんじゃ」
「・・・・・・」
「で、嫁のヘラクは何処に」
「ええ加減にしくされこの腐れジジィっ!!」

流石にキレた。
・・・一瞬だけ。

「誰に向かって言うたか!?この小童が!!」
「あだだだだだだだだだだ!!」







あぁ。そう言えばそうやったわ。
ワシとチビが村に降り立った時。やつらの眼はチビでなくワシに向けられとった。
・・・あの奇異の視線たちはワシを見ての事やったんや。
何や、ワシが子供こさえたと思ったんか。・・・メスのヘラクにちょっかい出して。んな事できると思うんか。あぁ、あれか。イケメンには可能だと言うんか。まぁ可能かも知れんな。可能かもしれんがやらんだろ普通は!
そらドン引きや。逃げもするわ。蓼食う虫どころの問題や無いで?・・・あ、蓼でない?そうでした虫じゃなくて馬でしたわ!えろぅすんまへん。ホンマ、堪忍な?
・・・はは。
・・・・・・ははははは。
ははははははははは。
何やこの悪夢は。






その後、『弁償して来い』と言ったおっさんに『弁解して来る』と口が滑ったワシは、当然の如く五度目の仕置きを喰らった。

「あだだだだだだだだだ!」
「壊した物は残さずどうすると言った?」
「弁解・・・じゃなくて弁償やろ?!いや違う、勉強だったか?いや、やっぱ弁解・・・じゃなくて弁償?」
「・・・懲りんヤツよの」
「あだだだだだだだだだ!」




 


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