1.何かおったわ







しかしまぁ、えらいしんどい事に巻き込まれよって。いくらワシかていい加減バテるわホンマ。
まぁカタもついた事やし。ほんだらとっとと帰ってチャッチャと充電やで。せや。充電。充電充電。

「なんやぁ?ごっつぅ別嬪さんがおんねんな!?」

は?電池?んな当たり前の事言うなや。ワシは天狗やで?いやそれは別に関係ないわ。アレやで?ダルマのおっさんとちゃうねんで?ごっつ現役やで。しんどいからって大人しく帰って寝る訳あるか。無いわ。
てな訳で。
電気以外も色々充電せんとなぁ?



・・・で放電もするわ。色々な意味でな?!










しかしアレはしんどかったわ。なんて呟いたら『お仕事お疲れ様』とか何とか鼻にかかった甘ったるい声がして。右脇に抱えた女がまたモゾモゾと動き出してきたわ。
適当な場所で適当な女に声をかけたのがつい数時間前。物好きそうなぶ厚い唇にムチムチした体つき、わざとらしく見え隠れする胸やら太股やらが何ともまぁ尻軽っぽくての。手っ取り早くて良いか、なんて軽い気持ちで引っ掛けてみたら案外上玉やった。何やワレ、何処でそんなん覚えたんや?それ商売女顔負けのサービスやでホンマ。ガチで感謝やわ。ワレに、つーかワシの食運に。

「何や別嬪さん、ワシをどんだけの腑抜けにする気や?」

まだ物足りないようにワシの体に擦り寄って、『だってぇ』とか何とか。言いながらワシの胸やら腹やらを撫でくり回す女の腰をもう一度引き寄せてみた。あん。とかホンマ良い反応やで。まぁええわ。もうニ・三したって死にゃせんわ。
そのまま腹の上に乗せてやったら『何度目?』なんて。訊くなや。いちいち覚えとると思うんか。返事の代わりに女の両胸掴んだった。

「しゃーないわ。別嬪さんがそうさせるんやで?それに、此処の夜は長いからの」





此処は、やっぱワシの故郷や。


人間界とは違った何やら神掛かった力をひしひしと感じる、此処は妖食界。その入り口。
ワシの住んどる村とは違い、娯楽の街として拓けている。妖食界の端っこだけあって人口も多い。それにどちらかと言うと妖食界の中ではより『人間らしい』やつらが多く居住していた。
ワシの村なんか、まさに連日百鬼夜行やからの。そんな中では当然ワシはダントツでええ男や。願わずとも女が群がる毎日。
が。ワシかて選ぶ権利はあんねん。
なもんで、ワシは良くこの街に来ていた。遊べるようなホドホドの見てくれの女を拾うのが大抵の理由。ぶっちゃけ、後腐れがないのが一番なんや。今ワシの上におる女も、端から割り切ってるしの。何で分かるかって?分かるわそんなん。ワシ、女の素性どころか名前すら聞いてないわ。
まぁ何となく。鬼の血を引いてるような女やな、と思う。喘ぐ口元に見える小さな牙とか、先祖の名残やろ。見た目は人間やけど、人間なんか足元にも及ばないパワフルさやし?

女が一際大きな声出しよった。

此処は、やっぱワシの故郷や。女の柔こさの中、漠然と思っとった。
故郷だけあって、心身ともに落ち着ける場所。意識はその奥底まで静かに柔らかくそのまま遠くまで広がる。逆に肉体は爪の先まで力が滾り零れるほど。何より五感が研ぎ澄まされるんや。それは今、まさにこの時も、

・・・研ぎ澄まされた五感に、何か良く分からん物が混じっとった。

何や?と、一瞬だけ頭に閃いたのは、危険。危険やと?此処に何の危険があるっちゅーんや。
己の直感を否定してかかったら、そこからどっと湧き出してきた。不穏分子の影。虫の知らせ。嫌な予感。とにかく何か喉につかえたような、小さな違和感。
気になって体を起こしたら・・・女がワシの肩に噛み付いてきよった。どんなプレイや。
気にするほどでも無い傷やったが、癪やったから大きく揺さぶってやった。女の上気した顔が簡単に跳ね上がる。あぁ、さっきの危機感って今の事か?ほんなら大した事無いわ。何でってこれで終わりっぽいからの。仰け反った首筋を咥え込んで甘噛みしてやった。女の体が面白いほど痙攣する。ほんじゃ、ちょっとスパートかけたろか。
絶叫と同時に失神した女の体を支えて、お返しとばかりに軽くデコピンしてやったわ。






「ん〜・・・」

ちょいとはっちゃけ過ぎたやろか。体が重くて動かん。何や頭もスッキリせんな。そう言えば昨日酒もぎょーさん飲んだわ。しゃーないわそりゃ。ワシかて万能な訳あらへんし。
それでもいつまでも寝とる訳にもいかん。今何時やろ?と片目を開けたら、ワシの隣には昨日と同じ女がおった。ちゃっかり腕枕されている。
ワシ、えらく紳士やな。とか、起きたら『もう一回』とか言い出しそうやな、とか、でももう今日はええわ。動きとうないし、難しい事は考えられへん。とかあれこれ思っていたら、女が艶かしい吐息交じりの声で『重い』と言った。

「何や?」

ワシが声をかけたら、女は気だるそうに目を開けた。目が合った途端にうふ、と昨晩の続きが始まりそうな笑み。『今度は貴方が上?』なんて熱っぽい目で見られたワシは・・・

「何や?」

と言ったと同時、不覚にも女の足元でモゾモゾ動く物に戦慄した。





「いやあああああああああっ!」
「なんやぁあああぁぁああぁ?!」

シーツをめくって覗き込んだと同時に、ワシと女が同じ反応をしよった。

女が『離してぇっ』と半狂乱で逃げようとしている。見ると女の片足がそいつの下敷きにされとった。さっき重いと言ったのはこれや、と思ったのも束の間。ソイツを蹴ろうと女がもう片方の足に力を込めたのを見て・・・


思わず女の体を引きずり剥がしたワシがいた。

両足が自由になった女は、ベッドの上をおたおたと四つん這いで逃げた。壁にピタリとくっついている。それ以上は逃げられないのに逃げようとするその姿が滑稽すぎてワシの動揺も一気に引いた。
引いたと同時に、シーツの中身に話しかけた。今度は冷静に。

「何やっとんじゃワレ・・・」

ワレ、と言ったものの、ツッコミどころが満載やった。
とりあえずここは冷静になるのが先やて、一発ギャグでもかまそうかの。そう思って女に訊いてみた。

「コイツ、別嬪さんの子か?」

当然全否定された。壊れたおもちゃみたく首をブルブルと振っとるわ。つまらん反応やな、と思ったところでシーツの中から『ママ?』とまさかの発言がぶちこまれた。ワシは思わず噴いた。いや、噴いてる場合じゃないわ。
ワシの頭が漸く正常稼動してきたから言わせて貰うが・・・



何でワレが此処におんのや?!




思わず臨戦態勢を取ろうとしたが、ちょい待ち。思い留まった。なんつーか、アレだ。ちっこい。こないだのアレよりもずっと。
アレが赤兎馬なら、此処におるアレは何や?小鹿か?ワシが拳を握ったのに、ビクリと竦みよった。そら闘う以前の問題やで。
それでもソイツは、ビクビクしながらもシーツから出ようとし始めた。どうやら『ママ』と呼んだ女の方へ行きたいらしい。

「イヤ!来ないで!こっち来ないで!!」

女の顔は、恐怖やら嫌悪やらでグチャグチャやった。自身を母親と呼ばれた事よりもまず、生理的な拒絶。
理由がソイツの見てくれなのは痛いほど分かった。醜い容貌と、異形の体躯。この妖食界でも、それは異端の部類やった。
ワシは暫く黙って眺めていた。
女は逃げた方向が悪かった。壁を背中に身動きが取れないでいる。八方塞ってヤツや。
逆に小鹿の方は女の方へ行きたがる。が、こっちはこっちで上手く動けないようだ。ふっかふかのマットレスはソイツの移動には荷が重過ぎるんやな。立ち上がろうにも立ち上がれない。動くたびに上半身が左右に揺れる。
ソイツが漸く一歩近寄れそうになった時、その瞬間に女が更に甲高く叫んだ。

「来ないで!このバ
「待ちや!!」・・・」



・・・『ケモノ』の部分は怒号で掻き消して。ワシの右手は、ソイツの右腕をがっちり掴みあげていた。



『痛い』と嫌がる動きも捻りあげたワシに、女が身震いの後、ホッとしたような表情を浮かべた。何か知らんがその態度に腹が立った。

「早く!早く『ソレ』を追い出して!」
「・・・・・・」
「何してるの?早く!」
「・・・・・・」

女の金切り声なんぞ、ワシにはとうに聞こえてへんかった。
ワシは自分が捻りあげているソイツを見た。ソイツの顔、目と口と、ソイツが見ている女の顔を交互に見て。
何か知らんが女の声に腹が立った。誰に向かって物言っとんじゃワレ。ちぃとふざけすぎちゃうか?

「早く!!」

けたたましく叫ぶ女にワシは、くい、と顎を上げた。

「早よ行け」

己でも驚くほど低い声やった。

「出てくんはワレや。早よ出てかんか」











つーかこれどうすんのや?!


女が混乱のまま部屋から去って数分。そんなアバズレを追いかけようとしていたコイツも漸く消耗してきよった。大人しくなったのを見計らって、ワシは右手の力を緩めた。
途端にベッドに倒れこんだソイツ。うう、と低くくぐもった声が聞こえる。痛かったんやろな。無駄に暴れるから手加減忘れてたわ。

ワシは溜め息をついた。溜め息くらいつかせろや。

暫くの沈黙の後。気配を消してソイツの様子を覗き込んだら・・・

「あ゛?!」

泣いていた。
・・・ワシのせいか?ワシのせいちゃうで?!あの女が原因やで?なんならひっ捕まえて土下座さそうかいな?いや、今そんなん言うとる場合じゃないわ。
ワシは緊張しつつ『あ゛〜・・・』と声を絞った。

「アレはワレの母親ちゃうで」

ちらと横を見たら、目が合った。そんな悲しそうな顔すんなや。事実やっちゅーねん。ホンマ困るわ。

「まぁ、当然ワシも見ての通り母親やないで?!」

アレとかコレとか指差してみた。・・・ちっとは笑わんかい。いや突っ込んどる場合やないっちゅーねん!

「せやかて父親でも無いからの!」

ワシはつまらんと思う間も服を着る間も惜しんで、ソイツの『パパ?』と言いそうな口を先に葬った。

「とにかく、ワレの親とかそんなん知らんがな」
「・・・・・・」
「そんな目で見んなっちゅーねん!知らんもんは知らん!」

ワシこんなに三枚目やったかな、と思いつつ、とりあえず腹が空いてそうな雰囲気のソイツに食えそうな物を渡してやった。ワシの昨日の食べ残しやけど気にすんなや。思った以上に空腹だったのか、ソイツはワシが言い終わる前に掴み取ると、必死に食べ始めよった。その姿を眺めつつ、ワシはコイツがどうやって此処に出現したのか考え始めた。

・・・消滅したと思っていた。いや、残っていたんか。ほんの一部。
確かに、戦いのその時。ワシは昨日着ていた服と同じ服を着とった。つー事はアレか?その一部がポケットにでも入り込んどったか?
いずれにしても、だ。再生を諦めたはずの細胞が、この地に入り込んで再び活性化した。それは事実。
しかしアレだ。中途半端な活性化やな?!
ちんまいぞ?元の大きさの何分の一やねんコレ?
いや違う。縮んだと言うより、一度死んだ細胞。完全復活はできひんかったって感じやな。じゃ無かったら、言う訳ないわ。『ママ』やで?あり得んわ。
とにかく。
心も体もかなり遡ってからのスタート、って事なんやろな。せや、子供。子供や子供!子供な訳ですよ奥さん!
・・・・・・。
ワシはこれでもかと大きな溜め息をついた。
丁度、ソイツの腹も満足したようだった。途端に所在無げにキョロキョロしだす。沈黙してんのは性に合わん。ワシはソイツに問うてみた。

「ワレ、此処が何処か分かっとるか?」

言葉は分かるようだ。ワシの問いに一拍置いた後、ふるふると首を振った。

「なら、ワシの事は分かるか?」

これも首を振った。

「・・・己の事は?」

いずれも同じ回答やった。ワシはもう一度溜め息をついた。
つーかこれどうすんのや?!人間界に戻すんか?いや、戻したらまた同じ轍を踏まされるんは確実や。それはまた面倒やし後々しんどくなる事間違いないわ。かと言って他に策は?このままここに置いとくか?いやいや、そんな訳にもいかんがな。何気にコイツ、ワシにどうにかしてほしい感ダダ漏れやで?せやけどこの先ワシにどないせぇっちゅーねん。迷子センターとか有ったか?無いわ。いやでもこれ以上関わり合いになんのもしかし・・・いやいやいやいや。

・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
ワシは大きく息を吸った。そして静かに吐き出した。・・・溜め息やなくて、だ。
そして、勢いよくベッドから立ち上がった。

「ワシはブランチや。天狗のブランチ」

不安げに見上げられた目に向かって名乗ったった。

「そんで此処は、妖食界。ワシの故郷や。」

シャッと開けられたカーテンの先に広がるのは、およそ人間界とは似つかない光景。永遠に続く薄暗さに刹那突き刺さる雷光。その閃光を玩ぶようにユラユラと飛び交う何物かの影とその咆哮。ひしひしと伝わってくる重圧感。ソイツの喉がゴクリと鳴った。それでも、目は真っ直ぐ前を向いている。思ったより逞しいのかもしれん。

「ま、アレや。・・・よう来たな、この妖食界へ。・・・えーっと・・・・・・」

何やったっけ?あかんド忘れしてもうた。すまんがこれはスルーさせてくれんか。一瞬の沈黙を取りつなぐかのように、ワシはわざとらしく咳払いをしたった。

「ワレが今見とんのはワシの村に通じる樹海や。このずっとずっと奥がワシの村や。ワシはそろそろ帰るんやけど・・・つまりアレや・・・来るなら来ても良いねんぞ?」

さっきまではふるふると振られていた首が、コクリと小さく動いた。

「ホンマにか?!」

今度は確りと意思を持って頷きよった。
正直なところ、コイツの判断に任せようと思っとった。きっと怖気づいてうんとは言えんやろから、足が動かんなら無理強いせんわ。ほなさいなら、と後腐れなく帰れると想像していたワシはウツケやったわ。
しゃーないわ。そんなはっきり言われたら、ワシかてやっぱアカンとは言えんなったわ。しゃーないわ。復活してまったもんは。よぅ考えたら置いてくのも殺生な話やし。ホンマしゃーないわ。

「ほんならしゃーないわ」

半ば呪文のようにしゃーないしゃーないと繰り返して。ワシも腹くくったったわ。

「まぁ、どうにかなるやろ。」

今までどうにもならんかった事はただの一度も無いわ。あのしんどい戦争かて、どうにかど阿呆うどもを粉砕したわ。
・・・と、先のごっついガチンコ勝負が頭をよぎった。

「思い出したわ。ワレの名前・・・・・・『エルグ』や。『エルグ』」
「・・・えるぐ?」
「せや。」

ワシはちびエルグの頭をポンポンと叩いたった。
此処は、妖食界や。どうとでもなる。どうとでもなるんやから、これ以上考えても無駄や。
とっととワシの村に帰るで。まぁ覚悟しておきや。
ワシは部屋の扉を開けた。

「ほな、行くで。・・・あ。」

そんで閉めた。

「?」
「あー・・・」








・・・とりあえず服着るわ。







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