「おかしいって言われたの」 自宅に辿り着いたココとなまえは、傘が有ったにも拘らずお互いじっとりと濡れていた。 すぐにでも問い質したい気持ちをぐっと抑えて、ココはなまえにシャワーと着替えを促した。 いくら夏とは言え、冷えた体では風邪をひく。バスルームからくしゃみのような音がして、ココは心の中で舌打ちをした。 自分の着替えよりも先に電子ケトルのスイッチを入れる。温かい飲み物を用意しないと。 そうしてなまえが大好きなレモネードを作った後、着替え終わってそのまま黙って自分の部屋に戻ろうとするなまえをココは扉の前で待ち構えて・・・捕まえた。 「おかしいって何が?」 ココの問いに、なまえは口をつぐんだ。 小さな頭で、一生懸命答えを探している。・・・繕いの。 そんな、今まで見た事の無いなまえにココは戸惑い、掛ける言葉の浮かばない自身の頭にイラついた。 「ボクにウソを言っても、すぐウソだって分かるからね?」 なまえの言葉よりも前に、釘をさした。眉をひそめたココの顔に、なまえの表情がますます揺らいだ。 「・・・何がおかしいんだい?・・・なまえ?」 「・・・ココが、」 『こないだなまえちゃんを迎えに来た人って、パパじゃないんだよね?』 「・・・ココの、傘が」 「傘?」 正直には答えないだろうとは思っていたものの、出た単語をココは思わず聞き返してしまった。が、瞬時に気を取り直す。なまえの言葉の端から核心を得ようと。 「傘が、おかしいって?」 なまえは視線を逸らしたまま、うん、と頷いた。 「誰が?」 「・・・クラスの子たち」 クラスメイトとケンカでもしたのかな、とココは推測した。 「ココの傘、ダサいんだもん」 ダサいと言われてココは苦笑した。ココはなまえのクラスメイトに会った事が無かった。核心ではないが、今のもなまえが隠していた本音だろう。 「一応ブランド物ではあるけどね?」 おどけたように返して、その心を推し量る。 異国育ちのなまえだ。何か突拍子も無い事をやってのけたのかもしれない。それが原因で級友ともめたと言うのが恥ずかしくて、自分ではなくボク・・・ボクでは悪いと思ったのか傘・・・を引き合いに出したのか。 それともなまえは『傘』と言ったが。ひょっとして自分に何か有るのではないか。服装?髪型?言葉遣いに歩き方、・・・迎えに行く時間? 本心を引き出すべく、話を続けた。 「・・・次の休みに、新しいのを買いに行こうか?」 「新しいのって言ってもまた黒でしょ」 「じゃあ紺色とか?」 「・・・・・・」 「傘を買うならついでに服も買おうかな。なまえは何色が良い?」 「・・・何でも良いよ」 「何でも?」 「じゃあ、ピンク」 「ピンクって・・・」 ココはそのカラーを身につけた自分を想像した。何とも言えない表情のココになまえは一瞬だけ目を遣り、一気に飲み干したカップをたん、と置くとご馳走様、と言った。 立ち上がると同時に、あ、と呟いたなまえ。くるりと瞳の色を変えて、初めてココと目を合わせた。 「今のはウソ」 「だよね」 「ココのじゃなくて、アタシの傘、買ってくれる?」 「・・・なまえの?」 「うん。毎日持って行くから。・・・折り畳みの傘」 「折り畳み?!」 予想もしなかった単語を聞いて、ココは困惑した。ついこの間まで、有れば便利だからと言うココを頑なに否定して買わせもしなかった物だ。 「・・・こないだいらないって」 「欲しくなったの。だから一つ買って」 「何色が良いの?」 「何でも良いよ」 欲しいと言う意味とは裏腹な、ぞんざいな口調。その口調に困惑したココに、なまえの言葉が続く。 「それが有ればココに来てもらわなくても良くなるからさ?」 小さな頭の、聞き手を考えて口に出すような配慮も出来ない子供の言葉。それをココは分かった上で意地悪く言った。 「ボクが迎えに行くのが嫌になった?」 予想外だった。冗談のつもりで言った言葉になまえの口が止まるなんて。大きく見開かれた瞳がココの視線と合わさった。 と同時に、それが核心だとココは悟った。 「・・・嫌じゃないよ」 「じゃあ、今まで通りで良いじゃないか」 なまえは小さく首を振った。 「何で」 「だって。ココはお仕事もしてるんだし」 「それも今までと変わらないけど」 「こっちは前のうちみたいに、ザーザー降らないし」 「でも、」 「ちょっとくらい濡れたって平気なの」 そうか、分かったよ。ココはどうしてもその一言が言えなかった。端から聞いたら酷く滑稽と思える問いを、真剣な面持ちでいくつも投げかけた。 何で。嫌じゃないなら何で急に。なまえに初めてされた拒絶に心が乱され、ココは知らず詰問口調になっていた。そんなココの心を逆撫でするかのように、なまえは話をさっさと切り上げて部屋に戻りたいと言う気持ちを顔に出して曖昧な返事ばかりする。 ココはそんななまえに苛立ち、半ば意地になって話を終わらせないでいた。 「でも他の子だってみんな迎えに来てもらってるよね?」 「他の子の事はいいの」 「それに他の子は毎日じゃないか」 「みんな甘えん坊だよね」 「確かにボクもあれは過保護だと思うよ。でも今ボクが言ってるのは違う。ボクは雨の日くらいは行くよ、って言ってるんだよ?」 「ココは色々忙しいからいいんだってば」 「だからねなまえ、」 「も〜・・・」 「もぅ、じゃないだろう?ちゃんと聞いて」 「聞いてるってば」 ココの苛立ちはなまえの心も侵食していった。 「今日のココはしつこいよ」 「しつこくなんか無いよ」 「だったらもういいでしょ」 「なまえ」 「だから何?」 「迎えに行ったら困る事でもあるの?」 なまえは再び言葉に詰まった。 「・・・・・・無いけど」 「なら、今まで通りで良いね」 「・・・・・・」 「なまえ?」 「・・・・・・」 「聞いてるのなまえ!?」 「聞いてるよ」 「じゃあちゃんと返事して」 「・・・・・・・」 「なまえ、いい加減に、」 「だから!いいって言ってるの!!」 不機嫌そうに眉をひそめたココに怯む事無く。 なまえは、ココを睨み返して、押し殺した声で言った。 「・・・ココのバカっ!」 ← → ←目次 |