王子はその髪を翻して 7





何とも面白い子じゃ、と一龍は思った。
幾度か見た事が有ったが、ここまではっきりとしたアルビノ変異は初めてだった。
そして、恐らく雪のように白いだろう肌も髪も。今は見る影も無く、薄汚れた服と合わさって全身が灰がかった色に変わっている。
頻繁に聞こえる乾いた咳が、その子の身体の虚弱さを物語る。
孤児か。その特異性に疎まれ捨てられたか。
そう思いつつ何となく話しかけた一龍だったが、思わぬ所でそうでないと知った。
絵本を読んでいたと言う事実。文字が読めると言う事は、この子の歳から考えて、つい最近まで教える人物がいたと言う事。絵本を与えられる環境で。
はて。そうなるとこの見すぼらしさは一体、どうしたんじゃろうか。
更には、絵本の世界を中心に回っている、どこか世離れしたこの子の考え方は。
息抜きに立ち寄った懐かしい場所で、これは何とも奇妙な暇つぶしじゃな、と一龍は思った。暫くサニーと名乗った子供の作り話に付き合った。
「そうか。そうするとお主はどこかの国の王子なんじゃな?」
そう言ったら真顔で「そうだし」と子供は答えた。そして、小さい頃魔女に攫われて、薬で力を奪われて、城に閉じ込められて、と話が続く。
それが俗に言う子供の『ごっこ遊び』ではなく、本当に有った事のように真実味が有った。……否、経緯は分からぬが有ったのかも知れんな、と一龍は感じた。
そして話は、いつかそんな自分を助けに来る者が現れると続いた。それを輝く赤い目で語る姿が小気味良くもあり、また滑稽でもあり。
「なかなか来てくれんで、随分苦労しているようじゃの」
つい、意地の悪い発言が出てしまった。
途端に子供の顔から笑みが消えた。
しまった。と一龍は心の中で舌打ちした。子供相手に、まかりなりにも良い大人が何を血迷ったか。
「それじゃ、食べるとするかの」
脈絡も無く、一龍はおもむろに手に取ったリンゴの形をした物に齧り付いた。
「オッサン、食べれるの?」
「これはお主の知っている『毒リンゴ』では無いぞよ?」
そう言って咀嚼し、ゴクリ、と口の中の物を飲み込んだ音と同じく、子供も喉を鳴らした。
「…お主も、食ってみるかの?」
一龍の言葉に、子供の心がグラグラと揺れた。
「…お金無いし」
かろうじて搾り出した子供の言葉に、一龍はプッと噴き出した。
「そう来たか!ワシゃ商人じゃないぞよ。どうしてもと言うなら、お主の持ってるパンと交換するかの?」
「本当に?これで良いのか?」
「うむ。ワシゃそれを食べた事が無いからの」
「本当に『毒リンゴ』じゃない?」
「まだ疑っとるか。なら良く見てみんか」
一龍は子供の顔の前にその手を差し出した。
「これはな、リンゴの形をしているが…実は、肉じゃ」
「肉?!」
子供の目が驚きと嬉しさで丸く開かれた。
「そうじゃ。ワシの国ではみんな食べておるぞ」
再び子供の喉がゴクリと鳴った。
肉と言うのは真実だったが、みんな食べていると言うのは子供を安心させるための嘘だった。
その食材は先日、IGOで開発されたばかりの新種の一つだった。
一龍は出来たばかりのそれらを適当に選び、試食も兼ねて自身の旅のお供にしたのだった。
「ちと味見するかの?」
一龍は自分の齧った所をほんの少しつまみ取ると、子供の手に差し出した。
その欠片を子供はおずおずと受け取り、フンフンと匂いをかいで恐る恐る口に入れた。
「……美味しい」
「そうじゃろう?ほれ、もっと食べるじゃろ?」
一龍は丸ごとそのリンゴを渡してやった。子供は即座に齧り付いた。
ゲホッ。
「こらこら、慌てずともリンゴは逃げんぞ」
背中をポンポンと叩いてやり、一龍は自身の荷物からもう一つ取り出した。
「こっちはの、オレンジの形の…魚じゃ。食うか?」
無言で頷く子供の膝に、一龍はそのオレンジを置いてやった。
「他にも色々有るぞ?ほれ、全部食べてみぃ」

暫く二人は無言で遅い昼食を続けていた。
食べ続けて漸く一息ついたのか、隣のサニーという名の子供はハァ、と大きく息を吐いた。
ふとサニーに目を向けた一龍は、サニーの膝に残っている食材におや?と思った。自分が渡したいくつもの食材がどれも半分しか食べられていない。その視線に気が付いたサニーは両腕で膝を包むように食材を抱えると、恐る恐る一龍に尋ねた。
「残ったやつ。…持って帰っても良い?」
「明日食うのか?」
サニーは一瞬身体を強張らせた後、コクリと頷いた。
一龍は困ってしまった。一般には流通していない食材だ。他人の目に入ると厄介な事になる。
「いきなり持って帰ったら、お主の父さんや母さんがビックリしやせんか?」
「……いないし」
子供の目が、途端に曇った。
「となるとお主は、誰と住んでるんじゃ?」
「……オジサンとオバサンだし」
「じゃが、その二人もお主の家族じゃろう?」
「違う!」
サニーは立ち上がった。膝に置かれていた食べ物がバラバラと転がった。
「家族じゃない!あいつらは、オレの家族じゃない!オレの家族は別の所にいる!」
その叫びと共に赤い瞳に浮かぶ怒りと、悲しみと、不安に押しつぶされそうな心。それを感じ取った一龍は、子供が語った中から言葉を選んで返した。
「…『どこか遠くにある国』、じゃったな」
子供の唇が小刻みに震えた。
「そうだし。だって……家族だったら、もっと優しくしてくれるだろ?」
一龍は黙ってサニーの顔を見ていた。
「いらない子なんて言わない。気持ち悪いって顔で見ない。……殴らない」
一龍はそっと、サニーの頭にその大きな手を乗せた。
「ご飯だって、毎日温かいものを作ってくれ、……………」
そうして、ポンポンとあやすようにその子の頭に触れた。
「そうじゃな。いつか『王子様が助けに来てくれる』んじゃったな」








▼Topへ  ▼戻る


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -