王子はその髪を翻して 6





次の日。オレの目が開いた時刻は、昼をとうに過ぎていた。
熱は昨日よりは下がったみたいだ。体も何とか動かせる。咳も今は軽い。
オレはそっと起き上がった。
空が明るくなるまで咳き込んでいたオレのすぐ横で、リンはモゾモゾ寝苦しそうだった。
今はぐっすり眠っている。起こすのはかわいそうだと思ったオレは昨日の小さなパンを半分に分けて、片方はベッドに、もう片方を持ってそっと部屋を出た。こんな時間にご飯なんか出してくれる訳が無いから。
そうしてオレはいつものように、いつもの場所に行った。
昨日の夜、リンが「お城にお花を忘れた」って言ってた。それを採りに行こうと思った。リンが起きるまでに帰れば。起きた時にきっと喜ぶよな。
そう思って城跡に着いたオレは、オレがいつも座っている石に知らないオッサンが座っているのに気が付いた。
サングラスに、白髪交じりの髪。口の両端に真っ直ぐ伸びた長いヒゲ。そして、怪しい柄のシャツ。
街の人間じゃない事は、見てすぐ分かった。
そんなオッサンの方もオレに気付いて、おや、と言った表情でオレを見た。いつもの事だったから気にしないでそのままやり過ごして、少し離れた場所で昨日リンが摘んでいた花と同じ物を摘んでいった。でも何故かそのオッサンが気になって、様子を窺いつつ時間を持て余していた。
「何か言いたい事がありそうじゃのぅ」
突然話しかけられた。
「…ねーし」
「ホントかね?」
言いたい事……
「そこ、オレの場所だし」
オレはオッサンを見ないまま、オッサンの下の石を指差した。オッサンはオレの言葉から少しして、凄く豪快に笑い出した。
「そうかそうか。それは済まなかった。どれ、ちょっと横に退くからの、良かったら隣に座ってくれ」
そう言うとオッサンはよいしょ、と腰を浮かせて、オレが座れるくらい場所を開けた。
不思議な事に、オッサンの言葉はとても暖かかった。つい何も考えず、言われるがままにそのオッサンの横に座ってしまった。
「お主、名前は?」
「……サニー」
「お日様の子か」
「お日様の子?」
「ワシの住んでいる国では、『サニー』は太陽が輝いているって意味じゃ」
「……そうなんだ」
何だかくすぐったかった。
「オッサンの名前は?」
「ワシか?ワシは一龍じゃ」
「…意味は?」
「意味は…『一匹のドラゴン』、じゃな」
オッサンの言葉を聞いたオレは、オッサンの顔を睨み付けた。
「オッサン、悪いやつ?」
「何じゃ突然」
「だってドラゴンって、悪い怪物だし」
「お主の国ではそうなのか?」
「絵本の中では、悪いやつだったし」
「そうかそうか。中には悪いやつもいたかもしれんなぁ」
「…オッサンは違うのかよ」
「どう見える?お主には」
オッサンはそう言うとニカっと笑った。オレは考え込んでしまった。
チラチラとオッサンの顔を見ていたら、オッサンのヒゲがピョコっと動いた気がした。え?と思ってじっと見始めたら、ピコピコと動き出した。オレは思わず笑ってしまった。
「変なの!」
「そうじゃろう?ワシゃ変かも知れんが悪いやつじゃ無いぞよ?」
もう一度ニカっと笑ったオッサンの顔とピョコンと動いたヒゲに、オレは初めてアハハ、と笑った。

「オッサンは、何でここに来たの?」
「仕事の帰りじゃよ。ちょっと寄り道じゃ」
「ふぅん」
「腹が減ったのでな。ちと遅いが昼飯でも、とな」
ここは景色が良いからの、とオッサンは言った。
昼飯、と聞いてオレのお腹がグゥ、と鳴った。
「何じゃ。腹が空いてるのか?」
オレは黙って頷いた。
「昼飯はどうした?」
「持ってるし」
そう言って立ち上がって、花を摘んでいた場所に置き忘れたパンを取った。
「それが、お主の昼飯か?」
そう、と言うのを躊躇った。
「…本当は、昨日の夜ご飯だった」
オレは昨日の事をオッサンに話した。何故だか知らないが、さっき会ったばかりの知らない人に自分の事をペラペラと話していた。
オッサンは黙って頷きながら聞いていた。
不意にオッサンは持っていた荷物から何かを取り出した。丸くてほんのり紅い。
「それ、リンゴってやつ?」
「形はそうじゃな。と言うより…お主、本物を知らぬのか?」
「絵本で見たよ。食べると死んじゃうんだ」
「何じゃと?」
「知らないの?『白雪姫』だよ」








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