ボロボロと、涙が溢れた。 本当は、気が付いていた。 オレは王子様でも何でも無くて。 今の家から連れ出してくれる人なんかいる筈もなくて。 オレみたいな身体の人間に優しくしてくれる人なんかいる訳もなくて。 でも、オレは王子なんだって思っている時は幸せだったんだ。それはほんの少し。ほんの少しだったけど。 そう思ってなければ、毎日どう過ごして良いか分からなかった。 そう信じていなければ、明日は起きられないと感じてた。 だから。だから。 ボロボロと、涙が溢れた。 頭に触れる手が大きくて、暖かくて。 それがずっと忘れていた大切な何かに良く似ていて。 何度もしゃくりあげて瞼をこすって、それでも拭ききれない涙がポタポタと地面に落ちた。 草に落ちた雫は、昔を思い出させた。 窓の外に広がっていた綺麗な庭。その中央の噴水の水飛沫で、キラキラと光っていたバラ。 止まらない。どうしよう。 きっとオッサンも困ってる。 オレはそう思ってぐしゅぐしゅになったままの顔を上げたら、オッサンは全然困った顔をしていなかった。 「おぉ、強い子じゃな。涙を自分で止めたか」 そう言ってニカっと笑うと、オレの頭をグシャグシャと掻き回した。 まだまだ涙が出そうだったけど、オッサンのピコピコ動くヒゲを見ていたら、への字に曲がった口がいつの間にか笑っていた。 「……もう帰らなきゃ」 だって、あそこしか帰る場所は無い。 それにもう夕方だ。いつもの帰る時間。 オレは落としてしまった大事な食べ物を拾ってオッサンに謝った。 「そうか、帰るか。じゃあ、これはナイショでな」 ん?と思って顔を上げると、オッサンは見た事も無いケースにオレが落としたのとは別に食べ物を詰めていて、ホラ、とオレの首にそのケースを下げてくれた。 「……良いの?」 「秘密じゃぞ?家族じゃない者にはな」 オレは大きく頷いた。 情けをかけすぎたのぅ、と一龍は溜め息をついた。 虚弱体質に加えて、劣悪な環境。虐げられているという事は子供の言葉からも身なりからも、渡した食べ物に食らい付く様からも容易に想像できた。 それ故、およそ現実と物語との境が曖昧になっている子供の、都合の良い空想に話をあわせて且つその幻想を破ってしまった事は、その子にとって良かったのか悪かったのか。 とにかく。渡した食材が、恐らく長くは生きられないであろう子の数少ない幸福になれば良い。 そう思って一龍はその場を立ち去ろうとした。 …くしょん! 不意にくしゃみが出た。やれやれ誰か噂しておるな、と鼻をこすった時、一龍の脳裏に先ほど駆け足で去っていった子供の姿が鮮明に浮かび上がった。 ……咳をしていたな。ここに来た時は。 ふと足元に、小さな丸い物を見つけた。 ボタンだ。 子供が立ち上がった時。シャツの胸元のボタンが一つ、弾け飛んだ。 ……何故飛んだ? ……咳はいつ止まった? ……あの灰色の髪は、肩より下まで伸びていたか? 胸騒ぎがした一龍は、手早く身支度を整えると、その場を後にした。 ← → |