オレは毛布の隙間から、部屋の窓に目をやった。 曇ったガラスの下の方に、小さなヒビが入っている。 そう。オレは、いつも見ていたんだ。この窓じゃない。天井まである、魔女の城の大きな窓の外を。 結果、来たやつは全然違う意地悪なオジサンとオバサンだったけど。 だからオレは、オレがビョーキだから王子様が来なかったんだって思った。 絵本の中のお姫様って、ビョーキじゃないからな。 それに、オレ、男だし。 でもオレ、男だったけどよ?絵本の中に描かれてるお姫様ソックリなんだぜ?ちょっとだけかわいいんだぜ? お姫様みたいな身体に髪の毛だし。でもって、ウサギ?絵本で見た、耳の長い白いフワフワでぴょんぴょん跳ねるやつ。あれと同じなんだ。オレの眼。 真っ白な身体に、真っ白な髪。それから、赤い眼。 別に、ヘンじゃないと思ってた。だって、絵本の中のお姫様も王子様も、色んな色の髪の毛と目だったから。 だから、オレのこの色が普通じゃないって知ったのは、魔女の城を出てから。 オジサンとオバサンだけじゃない。街にいる人たちも、初めてオレを見る人もみんな同じ事を言った。 『突然変異』って。 『アルビノ』って。 『珍しい』って。 『気持ち悪い』って。 『かわいそう』って。 『長く生きられない』って。 ゲホッ。 あぁ、咳も出て来た。 ゲホッ。 ゲホッ。 ゲホッ。 止まらない。 長く生きられないって、どういうことなんだろう? 長いの逆は、短いだよな。短いってどれくらい?一年?一月?それとも一週間?もしかしたら一日?じゃあもう明日しか生きられないって事?でも合ってるかもしれないな。 だって。オレの身体は、ビョーキだし。他のやつらみたいに走れないし、ほんの少しの元気も持っていない。 ゲホッ。 今も、苦しくて苦しくて、苦しくて。 ゲホッ。 ゲホッ。 …死んだら、苦しくなくなるのかな? …オレが死んだら、リンは一人になっちまうな。 ……でもリンがもうちょっと大きくなったら、王子様が迎えに来るよな? 来るよな。だってリン、元気だし。良い子だし、かわいいし。 オレとは違うし。絶対、素敵なお姫様になれるし。 きっと来るよ。だから。 オレ、眠っても良いかなぁ。 「おにーたん」 オレはリンの声にハッとした。 ゲホッ。 「ゴメン。うるさくて寝られなかったよな」 「違うの。あのね、」 薄暗い中でも、リンがオレの顔を上目遣いで見ているのが分かった。 「どした?」 「お咳止まったら、またおうじちゃまのお話ちてくれる?」 …ゲホッ。 「お咳止まったら」 オレは咳を飲み込んだ。 …オレがいなくなったら、リンは一人になっちまうんだ。 …リンが大好きな王子様の話も、話すやつがいなくなっちまうんだ。 …リンがもうちょっと大きくなったら、王子様が迎えに来る日がきっと来る。 だから、リンに王子様が来るまで、オレがリンの側にいてあげないとダメなんだ。 その日まで、オレがリンの王子様の代わりでないといけないんだ。 …明日も、起きなきゃダメだよな。 ゲホッ。 ゲホッ。 「おにーたん…」 オレはモゾモゾと動き出したリンに掠れた声で言った。 「…だいじょーぶだし。寝て起きたら、咳止まってるから」 「ほんと?」 「ホントだし」 「あと、今日お城でお花とったの、忘れちゃった」 「分かった。だからもう寝よ」 オレはリンと一緒に頭から毛布を被った。 ← → |