王子はその髪を翻して 5





オレは毛布の隙間から、部屋の窓に目をやった。
曇ったガラスの下の方に、小さなヒビが入っている。
そう。オレは、いつも見ていたんだ。この窓じゃない。天井まである、魔女の城の大きな窓の外を。
結果、来たやつは全然違う意地悪なオジサンとオバサンだったけど。
だからオレは、オレがビョーキだから王子様が来なかったんだって思った。
絵本の中のお姫様って、ビョーキじゃないからな。
それに、オレ、男だし。
でもオレ、男だったけどよ?絵本の中に描かれてるお姫様ソックリなんだぜ?ちょっとだけかわいいんだぜ?
お姫様みたいな身体に髪の毛だし。でもって、ウサギ?絵本で見た、耳の長い白いフワフワでぴょんぴょん跳ねるやつ。あれと同じなんだ。オレの眼。

真っ白な身体に、真っ白な髪。それから、赤い眼。
別に、ヘンじゃないと思ってた。だって、絵本の中のお姫様も王子様も、色んな色の髪の毛と目だったから。
だから、オレのこの色が普通じゃないって知ったのは、魔女の城を出てから。
オジサンとオバサンだけじゃない。街にいる人たちも、初めてオレを見る人もみんな同じ事を言った。
『突然変異』って。
『アルビノ』って。
『珍しい』って。
『気持ち悪い』って。
『かわいそう』って。
『長く生きられない』って。
ゲホッ。
あぁ、咳も出て来た。
ゲホッ。
ゲホッ。
ゲホッ。
止まらない。
長く生きられないって、どういうことなんだろう?
長いの逆は、短いだよな。短いってどれくらい?一年?一月?それとも一週間?もしかしたら一日?じゃあもう明日しか生きられないって事?でも合ってるかもしれないな。
だって。オレの身体は、ビョーキだし。他のやつらみたいに走れないし、ほんの少しの元気も持っていない。
ゲホッ。
今も、苦しくて苦しくて、苦しくて。
ゲホッ。
ゲホッ。
…死んだら、苦しくなくなるのかな?
…オレが死んだら、リンは一人になっちまうな。
……でもリンがもうちょっと大きくなったら、王子様が迎えに来るよな?
来るよな。だってリン、元気だし。良い子だし、かわいいし。
オレとは違うし。絶対、素敵なお姫様になれるし。
きっと来るよ。だから。
オレ、眠っても良いかなぁ。

「おにーたん」
オレはリンの声にハッとした。
ゲホッ。
「ゴメン。うるさくて寝られなかったよな」
「違うの。あのね、」
薄暗い中でも、リンがオレの顔を上目遣いで見ているのが分かった。
「どした?」
「お咳止まったら、またおうじちゃまのお話ちてくれる?」
…ゲホッ。
「お咳止まったら」
オレは咳を飲み込んだ。
…オレがいなくなったら、リンは一人になっちまうんだ。
…リンが大好きな王子様の話も、話すやつがいなくなっちまうんだ。
…リンがもうちょっと大きくなったら、王子様が迎えに来る日がきっと来る。
だから、リンに王子様が来るまで、オレがリンの側にいてあげないとダメなんだ。
その日まで、オレがリンの王子様の代わりでないといけないんだ。
…明日も、起きなきゃダメだよな。
ゲホッ。
ゲホッ。
「おにーたん…」
オレはモゾモゾと動き出したリンに掠れた声で言った。
「…だいじょーぶだし。寝て起きたら、咳止まってるから」
「ほんと?」
「ホントだし」
「あと、今日お城でお花とったの、忘れちゃった」
「分かった。だからもう寝よ」
オレはリンと一緒に頭から毛布を被った。








▼Topへ  ▼戻る


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -