辺りが薄暗くなるまで、オレはそのままその石に座っていた。 リンの「お腹空いた」の言葉に、元来た道を歩いて戻った。 家に戻った途端に「遅い」と怒鳴られた。 日中の日射しと風が強かったのか、オレは熱が出ていた。 そんなオレに「またかい」とオバサンが心底嫌そうな顔で溜め息をついた。 夕食に出された固いパンは、今のオレには噛み切る事も飲み込む事もできそうになくて。黙って眺めていたら、オジサンが「無駄にしやがって」って言ってそのパンを齧りだした。慌てて「明日食べるから」って言ったら、フンって鼻で笑ってそのパンをオレに放り投げた。 オバサンが「辛気臭い顔見せてないで、部屋に戻んな」と言った。 それでも、パンを抱えて部屋に戻ろうとするオレに「ほら」と毛布を一枚出してくれた。「ありがと」と言うと、少しバツが悪そうな顔をした。 そのまま部屋に行こうとしたオレにリンが半泣きで駆け寄ってきて、裾を掴んだ。当然だ。リンだっていつも怒鳴られてビクビクしている。オレと離れてここにいられる訳が無い。 オレはパンと毛布とリンを連れて、部屋に入った。 うつるからダメだって言ってるのに、リンはオレにくっついて離れない。仕方無く、いつもみたく一緒に毛布に包まった。 身体が熱いのに震えが止まらなくて、歯がガチガチと鳴った。そんなオレを見て不安そうなリンに、だいじょーぶって言って歯を食いしばって、ぎゅっとリンを抱きかかえて目をつぶった。 オレは、ずっと前からビョーキだ。 きっと魔女がオレを攫った時、逃げられないようにってメガネのじいさんと相談してビョーキになる薬を飲ませたんだ。そうしてオレの身体からチカラを奪ったんだ。 だからオレは毎日ゲホゲホ変な咳が出て、ちょっと走ったら喉はゼーゼー、胸がバクバク苦しくなって。 魔女とメガネはいつも寝てろって言ってた。けど毎日毎日ベッドで寝てるのはつまらないから、いつも起き出して窓の外をこっそり見てた。 カーテンの外を目一杯眺めた後は、目がシバシバして鼻とほっぺたの辺りがヒリヒリした。でも、窓の外は綺麗な庭がずっと続いていて、中央の噴水からは水が溢れて踊ってた。その噴水を囲むように赤い花…メガネはバラって言った…でできた生垣があって、噴水から撥ねる水飛沫が花の上に落ちてキラキラ光って見える。毎日それが見たくて仕方なかった。 そんなだったから、一度部屋から逃げ出した事があった。噴水の前でバラを見ていて、綺麗だからその花を採ろうと手を伸ばしたら、チクリと何か刺さった。バラの茎にはトゲがあった。そんなの知らなかった。見たら右手の指にぽつりと赤い点ができてて、その赤い点がどんどん大きくなって終いには流れてきた。どうしようと思ってオロオロしていたらメガネに見つかった。メガネは可笑しくなるほどうろたえて、真っ青になりながらもオレを凄い勢いで抱え上げた。オレはそんなメガネの姿を見て、抵抗するより先に力が抜けて、目が熱くなって、鼻がグズグズ言い出して。そのまま、元の部屋まで連行されちまった。 ベッドに寝かされて暫くたって落ち着いたオレは、もう一度逃げ出してやるって思って起き上がった。ベッドから立ち上がって扉を開けようとしたら、同時に頭がガンガンしてきて体が熱くなって。一生懸命息をしてるのに苦しくて、ベッドに戻るのもおっくうでフワフワした絨毯に転がった。 暫くして戻って来たメガネがオレをベッドに運んで、服を脱がしてあちこちいじくりまわして、挙句に注射を何本も打った。それからオレは、何日も何日も起きられなかった。 それでも。そんな苦しい思いをしてたけどもオレは。オレが城の外に出られる日がいつか来るとずっと思っていた。 そして、オレ一人じゃ出られないって事も、絵本を読んでいるうちに分かった。 だって。絵本では、城に閉じ込められたお姫様は王子様が助けに来てくれたんだ。 てことはだ。オレの所にも王子様ってのが来るのかな?てゆーか来てくれないとまたメガネに見つかって戻されるだろうな。 いつ来るのかな。ひょっとすると今日かもしれない。たった今、噴水まで辿り着いたかも知れない。魔女を勇敢に倒したかもしれない。 王子様と一緒なら。王子様が魔女を倒してくれたら、きっとオレが奪われたチカラも戻って。頭が痛くなったり胸が苦しくなったりしないで出られるんだ。 オレはそう思って、いつも窓の外を見ていた。 ← → |