オレとリンは、いつもの森の入り口まで来た。 森の入り口から少し中に進むと、小高い丘の上に昔の城の跡があった。 この辺りは豊かな土地で、その城の主はとても賢くて優しい、誰からも慕われていた人だったそうだ。 でもそんな城主には子供がいなくて、城主とその奥さんが死んだ後は、城も廃れてしまった。今は城は跡形も無くて、崩れ落ちた城壁の欠片みたいな石が草の隙間からちらほらと見えるだけだ。 オレ、ひょっとしてここの城主の子供だったんじゃないのかな、って思った事もあった。 昔過ぎて違ったけどさ。 それでもオレは暖かい日はいつもここに来た。苔むした石に腰掛けて、黙って目の前に広がる景色を眺めていた。リンは花を摘んだりチョウチョを追いかけたりしていた。そうして二人で陽の暮れるまでずっとここにいた。 家にいたら、怒鳴られたり、殴られたり、嫌な言葉ばかり耳に入るから。 草と風と、空と。ただそれだけの音を聞いているだけの方が、ずっと良かった。 「おにーたん」 リンが突然オレに向かって言った。 「どした?」 「お話ちて?おうじちゃまの」 オレは頷いて、隣に腰掛けたリンに話し始めた。 オレが魔女の城から持ち出した絵本は、あの家には無い。 一度、オバサンがオレが読んでいた本をジロジロ見ていた事があった。読みたいのかな?と思って渡したけど、ある日読みたくなって聞いたら無くなっていた。他の本も。気が付いたらたくさん有った筈の本が、全部無くなっていた。 ある日、いつものように通りを歩いていたら同じ本を店で見かけた。丁度買おうとしていた人に「オレが持ってたやつは最後のページが破れてたんだ」って言ったら、その本も同じでビックリした。 他にもオレがよく読んでいた本と同じ物が並んでいた。オレはもう一度読みたいと思ったけど、とても高い値段が付けられてて。触ろうとしたら怒られた。 それでも、オレは城で何度も何度も読んでたから。本が無くても中身は覚えていた。だからリンに聞かせてやる事ができた。 「そうしてユウカンな王子は魔女を倒し、トラワレのお姫様は王子様と幸せに暮らしました」 リンがニコニコしながら拍手してくれた。 オレはそんなリンを見ながら、溜め息をついた。 魔女の城から外に出られたお姫様。 他の絵本のお姫様も。最後はみんな、幸せになれるんじゃなかったっけ。 ちょっと前に魔女の城の話をしたら、リンは「なぁに?」って言った。小さかったから覚えてないみたいだ。初めて魔女が「妹だよ」ってリンを見せてくれた時、まだリンは赤ちゃんだった。そう言えばリンには一日中側にいて世話をしてる女の人もいたな。 そんな魔女の城にいた頃。その方が今よりご飯も美味しかったし、ちゃんと毎日朝昼夜って食べさせてくれた。オレの身体が苦しい時は、メガネをかけたじいさんが部屋に来て色々身体をいじったり、嫌だって言ってるのに腕に注射したり、何か苦くて変な匂いの汁を飲ませたりしたけど。それでもそれをガマンして終わらせたら、身体の苦しいのも消えたりしてたんだ。 オレと、オレの妹のリンは。 魔女に攫われてから、一歩も城から出られなかったけど。 その魔女が死んで、助けが来て。 城の外に出られたけど、ちっとも幸せになってない。 オジサンもオバサンも、オレたちに意地悪な事ばっかりする。 他の家の子供みたく、一緒に出掛けたりもしてくれない。美味しそうな物も、絶対分けてくれない。 …そう言えばそんな話もあったな。何だっけ?あぁ、『シンデレラ』だっけ? お父さんが死んだ後、ママハハたちにすっげーいじめられるんだ。 何か今のオレたちってそれなのかな? そう言えば今のオレたち、灰を被ったシンデレラみたく汚れてるよな。 探せば、ネズミもいるかもしれないな。 そしたら、もう少し頑張れば、舞踏会ってのがやって来るのかな。あ、カボチャ用意しないとだな。 で、あの時死んだはずの魔女が現れて、薄汚れて穴が開いたオレたちの服を、前みたくピカピカで柔らかい物にしてくれるのかな。 ……前みたく。 ぽろり。 知らない間に、オレの目から何かが落ちていた。 ← → |