王子はその髪を翻して 2





ゲホッ。……ゲホッ。


「本当に忌々しい咳だねぇ」
「おい。夕方まで外に行ってろ」
オレはもう一度咳き込みたいのをぐっと我慢した。
「…リン、行こ」
無理して咳を殺した声でそう言って、妹の手を引っ張って扉を開けた。
眩しい。
リンは平気そうだったけど、オレにはその光が強すぎてクラっとした。
ゲホッ。
押さえていた咳が出たと同時に扉を閉めたオレ。扉の中から「耳障りだな!」と怒鳴る声が聞こえた。
オレは、リンの手を握ってトボトボ歩いた。
「おにーたん、あれ。」
リンが通りに並んでいる店の美味しそうな食べ物…食べた事ないから名前なんか知らねーし…をじっと見ている。
お腹減ったな。減ったよな、お腹。
あんなにたくさんあるのにな。
美味しいよ、って話し掛けられたのにな。
食べられる訳が無い。オレは、何も持ってないし。持てる訳が無いし。
「リン。ごめんな」
ついに足が止まったリンの手を、オレは少し強く引っ張って、通りを抜けた。


魔女の城から出て、もうすぐ一年。
初めて魔女の城の外を見た時。その日と同じ花が目の前に咲いているから、一年経ったって事だよな?
その花をずっと眺めていたら、一年前、魔女の城から出られたって嬉しかった日を思い出した。
あの日。いつものように部屋で本を読んでいたら、オレの目の前に突然二人の大人が現れた。
変なやつが来たな、とオレは思った。
一人は、さっき耳障りだと怒鳴ったやつだった。自分の事を『遠いシンセキのオジサン』って言った。そいつは絵本の王子様とは全然違っていた。ゴツゴツしたいかつい身体のくせに短い足で、口の周りに変なヒゲが生えてて、顔が脂でギトギトしていた。全然かっこ良くないし、気持ち悪い笑い顔だった。『今日から私たちが面倒を見るよ』って頭を撫でられた時、げ、って鳥肌がたった。
その気持ち悪い笑い顔は、一緒に立っていた『オバサン』もそうだった。どこもかしこもパンパンに膨れてて、顔に変な匂いの粉をつけてて、似合わないフリフリした服をきつそうに着ていて。そいつがくしゃみした時にビリ、って聞こえたから、どっか破けたんだし。それでそのオバサンはオレの顔をジロジロと値踏みをするような目で見て、更に取って付けたように笑って、ブクブクした汗ばんだ手でオレの右手を握った。
鳥肌は全然治まらなかった。何だこの二人。気色悪いな。とオレは思った。リンは最初きょとんとしてたけど、オジサンが頭を撫でようとした時に慌ててオレの後ろに隠れた。
それから、オレとリンはこの城を出て二人の家に住むんだと言われた。魔女は?って聞いたら、『死んだ』って言われた。
そうか、死んだんだ。この二人がやっつけたのか?そう言えば、オレの身体をいじくりまわして苦い汁を飲ませてたじいさんもいたよな。そいつはどうしたんだろう?逃げたのか?
じいさんは?って聞いたけど、二人ともそれには答えてくれなかった。良く分からなかったけど、急がないといけないようだった。オレは抱えられるだけの絵本を持って、急かされるままにその二人と馬車に乗った。
馬車に乗って暫く進むと、二人の気持ち悪い笑顔が消えた。どこに行くのかと聞いたら、こちらを見もしないで「さっき言っただろう?」って言われた。その次に「私たちに迷惑をかけるんじゃないよ」って冷たく言われた。
その後二人の家に着いた。魔女の城とは比べ物にならない、小さくて汚い家だった。おばさんは2階の一番奥の扉を開けた。ずっと使ってなかったのか、扉はギィィって嫌な軋み声を上げた。
小さな薄暗い汚れた部屋の中は、窓が一つ。裾が綻びたカーテンが一つ。足の錆びたベッドが一つ。ここがリンとオレの二人の部屋と言われた。そして、「あんたたちの着替えだよ」とゴワゴワしたシャツとズボンを何枚かくれた。あれ?オレたちの服、魔女の城からたくさん持って来てたのにな。どうしたんだろうと思ったけど、黙ってその服に着替えた。襟がこすれてあっという間に首が痛くなったけど、それを言ったらいけない気がしてその時はガマンしたんだ。
それから。
その後の二人は。オレたちの面倒を見ると言った二人は、嘘つきだった。
適当な食べ物をくれて、たまに「汚ない」と言ってお風呂と着替えを出してくれるくらいで、顔を合わすと「うっとおしい」とか「邪魔だ」とか言って。ちっとも優しくしてくれなかった。








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