王子はその髪を翻して 14





「しかし遺産遺産と。強欲な奴らじゃったな〜」
「何が?」
「いや、こっちの話じゃ」
ロバはポクポクと進んでいく。
「ま、あれしき。たまには散財しても怒られんじゃろ」
さっきまではしゃいでいたリンは、ロバに揺られてうつらうつらし始めた。オッサンはそんなリンとオレを片手で落ちないように包んで、もう片方の手でロバの手綱を持っていた。
「…これは独り言じゃ」
ポツリと、オッサンが呟いた。
「昔話じゃ。病気の子供を案じている父と母がおった。二人はな、母親の母親…つまりお祖母さんじゃな。その家にその子を預けて、子供の身体を治す薬を探す旅に出た」
……何年もかけて方々を探したが、見つからなかった。
暫くして母親のお腹には新しい命が宿った。父親は母親をその場に置き、一人で旅を続けた。そのうち父親の行方が分からなくなったと知らせが入った。知らせを受けた母親はいてもたってもいられなくなって、行方を追って己の身体を省みずに再び旅に出た。
「…お父さん、見つかったの?」
「見つからんかった。そして母親は、旅の途中で大変な怪我を負った。」
オッサンは遠くを見ていた。
「…母親が旅に出る前に、引き止めた者がおった。薬があるかもしれない場所は、その男が教えていたからの。だからその身体では無理じゃ、と止めた。…でも、引き止めきれんかった。その男に黙って、母親は旅に出てしまったんじゃ」
「…そのお母さんの怪我は?治ったの?」
「何としても助けたかった。が、無理じゃった。お腹の赤子しか助けられんかった」
「そっか。でも赤ちゃんは助かったんだろ?良かったな、赤ちゃん」
「…そう思ってくれるかの」
「うん!それで、赤ちゃんはどうなった?」
「その赤子は、先の子供を預かったお祖母さんがな、ちゃんと迎えに来たよ」

……赦せません。一生涯、貴方を。私の大切な娘と息子と、この子たちから母親を奪った貴方を。
……貴方が悪くないのは分かっています。…でも二度と貴方とこの頭文字を。見たくも聞きたくもありません。
……この子たちの幸せを願うなら、もう構わずに……そっとしておいて下さい。

「オッサン?」
「ん?おぉ、ボーっとしてしまったな」
オッサンは少し寂しそうに笑った。
「な、その子供たちってそれからどうなったの?」
「お祖母さんの家で幸せに暮らしていると思っとったよ」
「思ってた?」
「ワシゃそこにおらんかったからの、詳しい事は良く分からんのじゃ」
「そうだよな。昔話だしな」
「そうじゃ。知らんかった」
風の音に紛れて、病気も辛い生活も何もかもな、と微かに聞こえた。
「でも、その子たちのこれからの事は、ワシにも分かるぞ」
「何で?」
「それはお主がもう少し大きくなったら話してやろうかの」
オッサンはそう言って、オレの頭をくしゃくしゃと撫で回した。
オレは、じゃあ早く大きくならないとな、って思った。

「ところでさ、オッサンって、本当は何なの?」
昔話を終えて一息ついたオッサンに、オレは聞いてみた。
「何とは?」
「だってオッサン、最初はドラゴンって言ったけどさ?毒リンゴ食べさせるのは魔女だしさ」
「おぉ、そう言う意味か。そうじゃのぅ…お主は何だと思う?」
「んー…」
「せめて魔女はやめてくれんかの。ワシゃ男だから、言うなら『魔法使い』じゃぞ?」
「そうか。じゃあますます分からなくなってきたし」
「ま、悪いやつじゃないぞよ?」
悩み続けるオレに向かって、おっさんはいつものようにニカっと笑った。
「さ、ロバは終わりじゃ。次はこれに乗るぞ」
そう言ってリンとオレを抱きかかえてロバから飛び降りたオッサン。
オッサンが歩きだした先には、深く頭を下げている人と、ロバとは比べ物にならないくらい大きな乗り物が待っていた。








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