王子はその髪を翻して 13





「おぉ!こんな所におったか!」
聞いた事のある声がした。リンが慌ててオレの後ろに隠れた。
顔を上げると、あの時のオッサンが入り口からオレの方に歩いて来ていた。その目は凄く嬉しそうにオレを見ていた。
「良く耐えたな。辛くなかったか?本当に済まなかったな」
オッサンの言葉の意味はオレにはさっぱり分からなかった。難しい顔をしたオレの前にオッサンはしゃがみこんで、小さな声で言った。
「ワシゃ、お主に毒リンゴを食べさせてしまったんじゃよ」
「こないだの?やっぱりそうだったのか?!」
「そうじゃ。言い訳じゃが、ワシも毒が入っているとは知らなかった」
「…何て毒?」
「…グルメ細胞、って名前の、毒じゃ」
「美味しそうな名前!」
オレはアハハ、って笑った。
「…お主、あの後身体がおかしくならんかったか?」
「…なった。でもオレ、死んでねーし」
オレはうん、と自分に納得した。
「だから毒じゃなかった。うん。オレには毒じゃなかったし」
そんなオレの姿を、オッサンはとても優しい目で見ていた。そして目の前にあの時と同じリンゴを差し出した。
「食べられるかの?」
オレは受け取って大きな口でそれを齧った。力強く噛んで、ゴクリと飲み込んでみせた。
「この肉、本当に美味しいし!」
周りのどよめきに負けないくらいの大きな声で一言。目の前のオッサンに答えて、もう一齧りした。
「あのね」
不意にオレの後ろから、リンがひょこっと顔を出した。
「オレンジ色のはお魚なんだよね?」
「何と!……もう一人おったとは!」
オッサンはそう言うと、驚いた顔をすぐに満面の笑みに変えた。そうしてつられてニコニコ笑うリンにそっと手を差し出した。手には、リンがたった今話したオレンジが握られていた。
「お名前は?お嬢ちゃん?」
「リン!」
リンはそう答えて、オレンジの魚を両手で受け取った。
「サニーの『家族』じゃな?」
「んー?」
きょとんとしたリンの代わりに、オレはリンを抱きしめながら大きな声で言った。
「そうだし。…オレの、オレの大事な家族だし!」



その後、オレたちが眠りに付くまで…恐らくその後もずっと…階下では二人とオッサンたちが何かを話し合っていた。
次の日オレとリンが起きたら、殺風景なテーブルにとんでもなく豪華な食事が待っていた。
オジサンは気持ち悪い笑顔でオレとリンの頭をこれでもかと撫で回して、オバサンは気味の悪い鼻歌をあちこちに響かせながら、何やらバタバタ準備をしていた。
オレとリンは。食べ終わったと同時に風呂に入れられて。
いい匂いのする石鹸で散々ゴシゴシ擦られた後、フカフカのタオルで身体を拭かれて。
着替えも新品の、しかもいつものゴワゴワしたシャツじゃなくて、手に持ったら吸い付くようなツルツルの物を用意していた。
リンなんか初めて見る(リンの記憶に有る中で)かわいらしいワンピースに目をキラキラさせていた。
「見てごらん、無理矢理洋服屋を起こした甲斐が有ったよ!」
鏡には、ほんの一年前と同じようなオレとリンが映っていた。
「何処かの国の王子様と王女様みたいだよ!」
正直、城にいた頃の服の方が何倍もセンスが良かったと思ったけど、取り上げられるのも癪だから口には出さなかった。
「賞金ってやつ、貰えたの?」
オレはオバサンの背中越しに聞いた。
オバサンは振り返って大きく頷いた。手には日よけのマントを持っている。
リンにマントを羽織らせつつ、オバサンは言った。
「ささ、もうお迎えが待ってるよ」
「お迎え?」
「そうだよ。昨日お前があれを言い当てただろ?その目利きが気に入ったんだってよ」
「引き取って、本格的にそういった勉強をさせたいってさ」
……そうなんだ。
「だから今日であたしたちとはお別れだよ」
オバサンは寂しくなるねぇ、なんて露ほども思っていないだろう言葉を口にした。そしてオレたちの肩に手を置いてオレたちを外へと連れ出した。
外には顔まですっぽりと日よけのマントを被った人が一人。ロバにまたがってて、オレたちに気がつくと右手を挙げた。
「待っとったぞ」
その声でオレには誰だか分かった。
「オッサン?」
オッサンはそうじゃ、と言うと、ロバからふわりと飛び降りた。
マントがゆっくりと翻って、中から怪しい柄のシャツが見えた。
そしてパサリ、とオッサンの着地に遅れてマントがその絵を再び隠す。
「じゃ〜、行くかの?」
オッサンはオレたちの前にしゃがんで、ヒゲをピコン!と揺らした。
「どこに?」
「…『どこか遠くにある国』、じゃったかな?」
オッサンが揺らすヒゲに、リンがきゃっきゃと喜んだ。
「ま、簡単に言うと『ワシの国』じゃ。嫌かのぅ?」
オレは首を横に振った。








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