「も〜!トリコも来てるなら連絡するし〜!」 トリコに向かって、リンが甘ったるい声と笑顔を振り撒いている。 3人の緊迫した空気を払拭したのは、その場にやって来たリンだった。 「…まだ仕事中だと思ってたからよ」 「ちょうど休憩時間だし!ジュース買おうと思って降りたら、蒼衣たちに偶然会ったんだし。」 ねー?と肩越しに笑うリンの後ろには、蒼衣がペットボトルを抱えながら……穏やかに笑って立っていた。 「お久しぶりです、トリコさん。サニーさんも」 まるで何事も無かったかのように普通に挨拶をしてきた蒼衣に、トリコは戸惑いながらも言葉を返した。 次いで蒼衣は、ココの様子を少し心配そうに窺った。 「ココさん、だいぶ落ち着いた?顔色もさっきよりは良いかしら」 声を掛けながら蒼衣がココの隣に腰掛けた。それを見たリンもトリコの腕を引き、並んで座った。 「ココさん、温かいお茶にしましたよ」 「…ありがとう」 蒼衣がココに微笑む。ココは己の困惑を消して、普段どおりの表情を繕っていた。 「風に当てられるなんて、全く。らしくないな」 ココはトリコをチラと見る。そう言う事にしておくと、トリコはココと視線を合わす事で伝えた。 蒼衣の様子に気を回しつつも、それを表に出さず。 『普段どおり振舞う』事を察したサニーは、フゥ、と小さく息を吐くと、隣のテーブルから椅子を拝借した。 「蒼衣に会うの、あの日以来だし。元気だった?」 「元気よ。リンちゃんはどう?仕事は忙しいの?」 「超忙しいし!ハゲがなかなか休みくれなくてさ〜」 「それじゃ、所長が休みくれたら連絡してね」 「するする!また買い物行くし!」 リンが蒼衣といつもの調子で話している。 そのトーンの高さに、他の3人は一歩下がった状態で眺めていた。 いつも通りの風景だったが、トリコを始め3人は、目の前の蒼衣の様子を静かに窺っていた。 うたた寝から錯乱、意識の混濁。そして、普段どおりの覚醒。 今まで、このような事は一度も無かった。 蒼衣の記憶に得体の知れない何かが有るのか。 蒼衣の身体に潜む病が発作を起こしたのか。 それとも、ただの悪夢なのか。 そして、『助けに来てくれたんだ』と言う言葉。 ………何から? その答えをトリコは出せずにいた。 「あ、元気と言えば」 リンはサニーを見る。突然の1オクターブ下がった声。 「おにーちゃんも元気だった?」 「オマケっぽく言うなし!」 サニーの突っ込みにリンはツン、と横を向いた。 「元気そうで何よりだし?」 「おま、少しは心配しろっつーの!」 「勝手にいなくなる方が悪いし!」 「出掛けるって言ったろーが!」 「場所聞いてないし!」 相変わらずの兄弟の口論に、またか、とココが苦笑した。蒼衣もニコニコと笑っている。 トリコは蒼衣の様子を見つつも、ギャアギャアと騒々しい兄弟に溜め息をついた。 「リン。もちっと傷心の兄貴をいたわってやれ」 「傷心?!」 「ちょ!リコ!!」 「何か有ったんですか?」 蒼衣の声に顔を向けたサニーは、ココに寄り添う蒼衣に向かって一瞬泣きそうな表情を浮かべた。 「…んでもねーし」 「お兄ちゃん?」 トリコはテーブル越しのきょとんとした表情のココに口パクで「しつれん」と言った。 「え」 「失恋?!誰にだし?!」 「リコ!声出てたぞ!!」 「あれっ?スマン」 トリコに詰め寄ろうとするサニーをココはまぁまぁと宥めた。 「それも良い経験だよサニー?」 「まえが言うか?!その体勢で!!」 ココは蒼衣の背後から腕を回し、その手のひらでしっかりと蒼衣の手を包んでいる。 「うん?」 「…んでもねーし」 「お兄ちゃん…ドンマイ!」 「……んかムカつくし」 トリコの腕に手を回していたリンは、プイと横を向いたサニーの姿に慌てて飲み物を買いに行った。 「で、これからどうするし?」 戻って来ると同時にリンが皆に問いかけた。 「ウチはそろそろ仕事に戻らないとだけど……みんなは?もう帰っちゃう?」 蒼衣はココの顔を見た。気のせいだろうか。少し頬が赤い。 「せっかく来たんだし、検査でもしてから帰れば良んじゃね?」 そう言ったのはサニーだった。 「ココも久しく検査してないんだしよ?」 「……そう、するかな」 ココは蒼衣に頷いた。 「ホント?!じゃあ蒼衣はウチの部屋に泊まるし!」 蒼衣は一瞬きょとんとしたが、リンの『パジャマあるし』を聞いてすぐに笑い返した。 「リンちゃん、ボクが今晩泊まれる部屋は有るかな?」 「ハゲに聞いてみる!でも無かったら…?」 「その時はキッスの羽根にもぐるよ」 「レたちは?」 「お兄ちゃんたちは…野宿?」 「ちょ、ひどくね?!」 リンの当然と言った発言に、5人は誰からとも無く笑い合った。 ← → |