「ココ!」 ココはゆっくりと顔を上げ走り寄る人物に目を向けると、やや疲れた表情で微笑み返した。 「心配かけてすまない…トリコ」 「蒼衣は?」 トリコの問いに、ココは静かに答えた。 「今、リンちゃんがついてくれている」 トリコは軽く頷くとココの向かいに腰を下ろした。 「ココ?…詳しく話せるか?」 トリコの言葉に、ココは目を伏せた。 「分からない。…ボクは所用で出掛けていて」 戻って来たら、ソファーで気持ち良さそうにうたた寝をしていたから。 そのまま起こさないでいたら、突然うなされ始めて。 ボクの声に気付かないほどの錯乱。そして。 一瞬正気に戻った後、意識の混濁。 「気が気で、無かった」 目を伏せたココの手が、震えていた。 ココから突然の電話が入ったのは、つい先ほどの話だ。 βとの話を終えた二人が建物から出ようとしたその時、βの助手が血相を変えて奥の扉から飛び出してきた。 振り返ったトリコたちに気付かないのか、βに向かってそのまま話し出す。 「ココ様から連絡が入りました」 「な!?」 「ココが何だって?」 サニーが踵を返した。その足音に振り返ったβの目は、異様なまでにうろたえた色を湛えていた。 そのβの表情に気付かない助手は、そのまま続ける。 「こちらに向かっているとの事です。No.18の容態急変です!」 「容……そうか」 βの目は一瞬の安堵の色の後、瞬時に切り替わった。 「いや、そんな筈は無い。チェッカーの異常値は?」 「数時間ほど前、一時的に僅かな乱れはありましたが、それだけです」 「乱れ?聞いていないが」 「ほんの数分でした。今後の影響度も無さそうな程度の」 「チェッカーが何を検知したかすぐに弾き出せ」 「おい、今二人はどこにいるんだ?」 強引にβと助手の会話に割り込んだトリコに、助手が答えた。 「もうすぐメインタワーに着く、と。」 「メインタワー?!」 トリコとβは、顔を見合わせた。 当然キッスで来ている筈だ。もう到着していてもおかしくない。 「…オレがココを出迎える」 トリコは二人を促した。 「万が一この場所にココが来る事になっても……通すのはこの部屋までだ」 「勿論そのつもりです」 βは頷いた。 「余計な物は早く奥に持って行け。それと、検査の準備も」 助手が裏返った声で返事をし、テーブルに出されたままのバインダーを抱えあげた。 「我々はこのまま、下で『準備』を始めます。彼女はメインタワーの検査室で、医療班に受け入れさせて下さい」 「分かった」 「トリコ、レはそっちに話を通す」 「頼む」 トリコは携帯を片手に走り出した。大きく息を吸って、履歴から目当ての番号を探し出し、ボタンを押した。 「…トリコたちは用事が有ってここに来たんだろう?それはもう良いのか?」 「オレの方はもう片付いたよ」 「本当に?」 「あぁ。さっき言った通りだよ」 先ほどトリコは何事も無いかのようにココに電話をかけた。元気か?サニーに久しぶりに会ったぜ、と世間話を始めようとして、そこで初めて蒼衣の話を聞いた、と言うつじつま合わせをしたのだ。 「たまには二人で依頼を受けるかって話になって、依頼を選んでいた所だった」 「そうか。なら良いんだが」 テーブルの上で両の指を組み、祈るように一点を見詰めたままのココ。 その背後、窓から見える夕空にキッスらしき鳥の旋回する姿が見えた。 ここまで空を切って来たであろう黒い翼は、主の心情を察しているのか何度も旋回を繰り返している。 「何か不調でもあったか?」 トリコの問いに、ココは首を横に振った。 「チェッカーはずっと通常通りだった」 「そうか」 と、遠くから知った声が聞こえた。 「サニー?」 トリコは立ち上がった。 「ココ。蒼衣は?」 「検査中じゃないのか?」 トリコの問いに、サニーは首を振る。 「待ってたけど来てないし」 「今、飲み物を買いに行ってるよ」 「え?」 サニーはココの返事を聞き直した。 「どう言う事だし?!」 「だから、入り口で会ったリンちゃんと、飲み物を買いに」 二人の言葉を待たずに、ココは続けた。 「ここに着く直前に、普通に意識が戻ったんだ」 無言のままのトリコの顔を、ココは縋るような眼で見た。 「覚えていなかった。夢であったにしろ、何一つ」 ……ココさん?どこに向かってるの?…… 「普通にボクに笑いかけた。…『助けに来てくれたんだ』って、泣いたのに」 ココは握った手に更に力をこめた。 「何も覚えてなかった。」 ココの困惑した表情に、トリコもサニーも何も言えないでいた。 「……『助けに来てくれたんだ』」 「え?」 「彼女が言った」 トリコを見たココの目は、縋るような光の裏に有無を言わせない圧迫感を潜ませていた。 「……どう言う事だ?」 → |