メビウスの指輪・6 1





「ココ!」
ココはゆっくりと顔を上げ走り寄る人物に目を向けると、やや疲れた表情で微笑み返した。
「心配かけてすまない…トリコ」
「蒼衣は?」
トリコの問いに、ココは静かに答えた。
「今、リンちゃんがついてくれている」
トリコは軽く頷くとココの向かいに腰を下ろした。
「ココ?…詳しく話せるか?」
トリコの言葉に、ココは目を伏せた。
「分からない。…ボクは所用で出掛けていて」
戻って来たら、ソファーで気持ち良さそうにうたた寝をしていたから。
そのまま起こさないでいたら、突然うなされ始めて。
ボクの声に気付かないほどの錯乱。そして。
一瞬正気に戻った後、意識の混濁。
「気が気で、無かった」
目を伏せたココの手が、震えていた。


ココから突然の電話が入ったのは、つい先ほどの話だ。
βとの話を終えた二人が建物から出ようとしたその時、βの助手が血相を変えて奥の扉から飛び出してきた。
振り返ったトリコたちに気付かないのか、βに向かってそのまま話し出す。
「ココ様から連絡が入りました」
「な!?」
「ココが何だって?」
サニーが踵を返した。その足音に振り返ったβの目は、異様なまでにうろたえた色を湛えていた。
そのβの表情に気付かない助手は、そのまま続ける。
「こちらに向かっているとの事です。No.18の容態急変です!」
「容……そうか」
βの目は一瞬の安堵の色の後、瞬時に切り替わった。
「いや、そんな筈は無い。チェッカーの異常値は?」
「数時間ほど前、一時的に僅かな乱れはありましたが、それだけです」
「乱れ?聞いていないが」
「ほんの数分でした。今後の影響度も無さそうな程度の」
「チェッカーが何を検知したかすぐに弾き出せ」
「おい、今二人はどこにいるんだ?」
強引にβと助手の会話に割り込んだトリコに、助手が答えた。
「もうすぐメインタワーに着く、と。」
「メインタワー?!」
トリコとβは、顔を見合わせた。
当然キッスで来ている筈だ。もう到着していてもおかしくない。
「…オレがココを出迎える」
トリコは二人を促した。
「万が一この場所にココが来る事になっても……通すのはこの部屋までだ」
「勿論そのつもりです」
βは頷いた。
「余計な物は早く奥に持って行け。それと、検査の準備も」
助手が裏返った声で返事をし、テーブルに出されたままのバインダーを抱えあげた。
「我々はこのまま、下で『準備』を始めます。彼女はメインタワーの検査室で、医療班に受け入れさせて下さい」
「分かった」
「トリコ、レはそっちに話を通す」
「頼む」
トリコは携帯を片手に走り出した。大きく息を吸って、履歴から目当ての番号を探し出し、ボタンを押した。



「…トリコたちは用事が有ってここに来たんだろう?それはもう良いのか?」
「オレの方はもう片付いたよ」
「本当に?」
「あぁ。さっき言った通りだよ」
先ほどトリコは何事も無いかのようにココに電話をかけた。元気か?サニーに久しぶりに会ったぜ、と世間話を始めようとして、そこで初めて蒼衣の話を聞いた、と言うつじつま合わせをしたのだ。
「たまには二人で依頼を受けるかって話になって、依頼を選んでいた所だった」
「そうか。なら良いんだが」
テーブルの上で両の指を組み、祈るように一点を見詰めたままのココ。
その背後、窓から見える夕空にキッスらしき鳥の旋回する姿が見えた。
ここまで空を切って来たであろう黒い翼は、主の心情を察しているのか何度も旋回を繰り返している。
「何か不調でもあったか?」
トリコの問いに、ココは首を横に振った。
「チェッカーはずっと通常通りだった」
「そうか」
と、遠くから知った声が聞こえた。
「サニー?」
トリコは立ち上がった。
「ココ。蒼衣は?」
「検査中じゃないのか?」
トリコの問いに、サニーは首を振る。
「待ってたけど来てないし」
「今、飲み物を買いに行ってるよ」
「え?」
サニーはココの返事を聞き直した。
「どう言う事だし?!」
「だから、入り口で会ったリンちゃんと、飲み物を買いに」
二人の言葉を待たずに、ココは続けた。
「ここに着く直前に、普通に意識が戻ったんだ」
無言のままのトリコの顔を、ココは縋るような眼で見た。
「覚えていなかった。夢であったにしろ、何一つ」

……ココさん?どこに向かってるの?……

「普通にボクに笑いかけた。…『助けに来てくれたんだ』って、泣いたのに」
ココは握った手に更に力をこめた。
「何も覚えてなかった。」
ココの困惑した表情に、トリコもサニーも何も言えないでいた。
「……『助けに来てくれたんだ』」
「え?」
「彼女が言った」
トリコを見たココの目は、縋るような光の裏に有無を言わせない圧迫感を潜ませていた。

「……どう言う事だ?」








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